【純、という名は】

 横っ面とマンコがスゲエ痛くて、生理でも無いのに苛ついているのだった。まぁツキノモノで頬にアオタン出来るワケもねえから、殴られたって話でさ。誰に殴られたかっつーと、あーっと、何だっけか、名前。知らねえよ。下手な男、それだけは確からしい。あと、頭の悪そーな鼻ピしてたな。もうめんどくせえから鼻ピでいいか。ハナピって書くとパピコみてえで可愛くね? 可愛くねえか、ねえな、色々ねえ。殴られたのは痛み分けでいんだけどさ。

 他校生とオショクジカイ、意訳して合コンに呼ばれて、ま、その中で乳代表なのがあたしでしたよ。入来<イリキ>ちゃん来てーっつわれたら入<イ>って来<ク>るのもあたしだし? どうでもいいんだけどさ、あたしの名字なんか。名前になると七割マシどうでもいいんだけどさ。もういいじゃん? あたしのことは乳のデカイおねーちゃん、もしくは入来で認識するといい。あたしが乳で、あいつがハナピ、なんてさ、ひでえあだ名でやんの。

 女が五人いて、男は四人いて、未成年九人がアルコールでカンパーイだった。どっちの陣営にも数合わせくさいのが一個ずついた。や、あたしもバチガイ感無くはねーよ、ギャルとヤンキーは違うんだからさ、ある意味天然記念物と化したヤンキー代表でもあるあたしもバチガイっちゃバチガイで、これも博物館に転がっていそうな絵に描いた優等生代表が、タカトウだった。鷹の頭、かっけえじゃんね。名字の通りデッカイ鷹の剥製の頭みてえな、気品と優雅さに満ちた仏頂面してやがんのな。オマエ鎌倉辺りで念仏唱えてろって感じ。つっても、仏像よりはやっぱ鷹なんだろうな。女鷹だろ。メダカっぽくて可愛い気もするけど、あいつはただの冷たい美人。夜鷹の似合いそうな、綺麗な女。

 タカトウの話はいいんだ、逸れた。ダンセージンはそこそこ顔の整ったのが二人と、野暮ったい挙動不審が一人と、ハナピだった。あのさ、女五人呼んどいてこれかよっていう。こっちはリョーコが気合いで五人集めた、まああたしが言っちゃなんだけどそこそこのメンツだぜ? ねえわ。せめて頭数くらい揃えとけってば。ジョセージンに恥掻かすなってーの。合コンの中身自体、案の定ぐだぐだになるしよ。さみかったな、特に王様ゲーム。今日び王様ゲームてあんた。どんだけ飢えてんだよダンセージン。しかも通しのサインバレバレなんだよダンセージン。顔の綺麗な奴カケ2でキスは、こっちのカケ3くらい喜んでたけどよ、別に男同士のキスなんざ見ても嬉しかねえし、しかも計画的なご利用なんだぜ、それ。テーブルの上の手の位置と、頭掻いた回数で数字申告してんの、ソッコーバレてるって。あたし以外のジョセージンも気付いてたかもしんねえな。もうちょっと考えましょーっつー話。野球のサインが敵陣にすぐバレたら試合になんねえよ。遊ばれてコールドゲーム、ってな。

 ……って、あれじゃん。あたしが遊ばれたんじゃん!? ちげーよ! 別に乳揉まれたぐらいは許容だよ、処女でもないのにんなことごちゃごちゃ言わないって。あー、あー……やべ、落ち込む。そうか、タカトウもあのサイン、気付いてたんだ。ド忘れしてた畜生。挑発したのは確かにあたしだったさ。オウサマダーレダでタカトウの掌が控えめに挙がった時、そっち見たらうっかり目が合って、試しにサイン、出してみたんだった。あたしは7だよってさ。その結果があれかよ。今の今まで忘れてた。うがー! タカトウ許すまじ! 由緒正しく体育館裏に呼び出す! しかしアイツのケー番なんて知らん! 直接声をかけるしかあるまい! 明日! 今日祭日だしな!

「……でも、呼び出していいけど、どうすんのさあたし」

 アンタのせいでハナピとロクでもないセックスをして、顔にアザだしマンコにキズだしって、逆恨みもいいとこじゃん。ナカだしじゃないだけマシっつー話でもない。だからってタカトウをのさばらせておくのも、なんか腹の虫が治まらない。だって、からかわれて、遊ばれたのは間違いないんだぜ。

 タカトウに遊ばれる、を想像しただけで、頬がズキズキした。顔に血が流れ込んでいるせいだった。馬鹿かあたしは!? ああ、もう軽く死にたい。全部酒のせいにするのが不可能になった。血管に刺激的な嘘がたっぷり含まれてたからタカトウとのキスで滅茶苦茶に感じたっていう、合理的な逃げ道を失ってしまった。え、タカトウのこと好きなのあたし? ふざけろ。どこの世界に唇合わさっただけで女に惚れる女がいるよ? あんな仏滅オンナ好きじゃねえよ。むしろ嫌いだよ、合わねえよ。私の掌の上で全て回ってるんですよ? みたいなお澄まし面にアオタンあったらせいせいするね。いつか現実を思い知れ。テメーの思い通りに行くのはガッコーのお勉強がせいぜいだっつーの。

 そうだ、タカトウは関係ない。あたしが、そう、アルコール入ってたからハイになってて、ハナピ程度のどうでもいい男にオモチカエリされてもいいやーってなって、実際寝てみたらこれがまた予想以上にド下手で、痛えっつってんのにヘコヘコ腰振り続けるもんだから、あたしの蹴りがヤツの顔面に炸裂したのだった。そっからはもう殴り合いだ。ハナピにとっての不幸は、あたしが暴力に屈するようなカヨワイオトメでは無かったことだな。巨乳舐めんなよ。伊達にこんだけ重い脂肪四六時中ぶら下げてるわけじゃねーっつーの。そういうジョークはさて置き、家が道場やってる武道娘の端くれであるからして、更に喧嘩上等の連戦連勝であるからして、まあ、ないな、負ける要素。顔に一発いいのもらったけど、ハナピが被った損害に比べれば安いものだろう。好き勝手出来る女の区別くらい付けとけ、ハナピ。もうアンタのことはいい。問題はタカトウ。ってまたタカトウに帰ってくんのかよ!? どんだけタカトウ大好きなんだよあたし!

「……うぜえ」

 白黒はっきりさせとこう。明日までのんべんだらりと待ってるのは癪だ。とにかく、今すぐ、タカトウを問いただす。あのキスが意図的な計略だったのか聞き出して、場合によってはリンチコース。うだうだ長考するヤンキーのみっともなさって言ったらねえな。突っかかったら喧嘩だろ。決まってんだよ。行け行け。

 枕元の携帯を引っ掴んでリョーコにかける。あたしの頭の回転も大したもんだ。リョーコがタカトウ誘ったんなら、タカトウの連絡先くらい知ってるだろっつう話。呼び出し音が途切れて、気だるげな声が応対する。

「んあー……今眠いんでえ、あとで……」

「起きろ! もう四時だぞ? 寝過ぎだろ!」

「ああん……入来ちゃんの声響くから、お静かに、お静かにい……うえ、吐きそう」

 眠いのか二日酔いなのかはっきりしないが、んなことは知らん。あたしに思いやりなんて言葉は不似合いだ。立て続けに怒鳴ろうとして、やりかけて、トーンを落とした。

「あのさ、タカトウの番号、教えてくんない?」

「鷹頭ちゃんの? あー……家電でいいよね。携帯持ってないらしいし。てゆか連絡網見ようよ、入来ちゃん……」

 暗に叱られる。もっとも、このご時世に携帯持ってないタカトウもどうかと思う。そして父さんが全てやり取りしている我が家の電話は、連絡網の存在をあたしに忘れさせる。甘いんだよな、ウチの父さん。面倒見いいし、稽古サボっても喧嘩してきても怒りゃしねえし、普通トシゴロの娘があたしみたいのだったら、殴り飛ばすなり説教なり、無視だったりするんじゃねえのかな。「元気なのは結構だ!」って父さん、アンタすげえよ。……たまーに、こんな娘なのが、申し訳なくもなるさ。

 リョーコが並べる数字の羅列を覚え、お礼言ってから切る。しっかし、良く考えれば四時だ。リョーコに説教したくせ、あたしだって起きたの三時だし、なんか一日が終わりかけの微妙な時間だ。タカトウは家にいんのかな。アイツ普段何やって生きてんだろね。学生のアイツしか知らねえし。出かけてたらアウトだな。アイツどういうところでどういうことして遊んでんだろ。……だーかーらー、あたしはどこの乙女だっつーの! さっさかけろ!

 完璧に暗記してるにも関わらず、やたら丁寧にボタンを押して、画面に整列した番号をいちいち見直してから電話した。お決まりの電子音が鳴る。十コール目でレスポンスがあった。

「もしもし、鷹頭です」

「あ、こんにちは。入来と申しますが、っとー……」

 壮絶にミスった。言い慣れない敬語以上に、アイツの名前呼びたくねえ。かと言ってどう代わってもらうよ。高校生のタカトウさん? アイツ一個下の妹いんぞ。そっちも高校生じゃねえか。二年のタカトウさん? これなら行けるか?

「入来さん? 昨日はお疲れ様。どうしたの、電話なんて」

 本人が出てて肩透かし食らった。最初っから言えよそれ! いや、フルネームは普通言わねえか。そうして、あたしは、どうしたんだろうね? ……話す中身なんざ全然考えてねえじゃん!?

「その……ちょっと、声聞きたいかなーなんて……アハハ」

 アハハじゃねえ! 死ね! 十三回死ね! こんなんただの変人じゃねえか! 流石に死んでもバチ当たらんだろ。けれどあたしの乾いた笑いの向こう側で、タカトウの小さな声が弾んでいた。

「何それ。変な入来さん」

 押し殺し笑いしている風だ。このアマ……調子に乗りやがって。アンタがそんな笑い声出すなんて知らなかったぞ。タカトウも笑うんだ、新鮮だ。いつも、素っ気ない、退屈そうな顔してるのにさ。

「えっと、今、家?」

「違ったら、私出てないよ。入来さんは?」

「あー、そりゃそうな。あたしも家」

 三流コントじゃないんだから、落ち着けよあたし。目的何だっけ? あれだ、あたしはコイツを体育館裏に呼び出すんだった。よし思い出した! いける!

「体育館裏で待ってるから」

「……え?」

「とにかく来い! それだけ! じゃあな!」

 拙者、切り申した。……落ち着けっつってんのに!? マジ意味不明だろ! よりにもよって休日のこんな時間に、何で体育館裏で待つんだよハゲ! 丸刈りになりたい……この赤髪を切り落として腹も切りたい……首括りでもいい……。拙者、失態でござる。士道不覚悟にござった……。

「サムライはいい。で、どうすんのさ、これ」

 タカトウは冗談だと思うはずだ。いや、あのイリキの呼び出しだ、休日出勤するだろう。いやいや、冷静なタカトウなら待ち受けるあたしの暴力やら脅迫やらを回避するべく、今の電話は無視確定だね。いやいやいや、普段の真面目気質を遺憾なく発揮して、逆にあたしを取っちめるためやって来るに違いない。だーっ! 花占いじゃねえんだぞ!? スキ、キライ、スキ、みたいなことやってんな!

「括るなら首じゃなくて腹か。やってやんよ。泣いたり笑ったり出来なくしてやっから、テメエは首を洗ってろ、タカトウ」

 あんまり泣いたり笑ったりしねえなぁアイツと思いながら、指の骨を鳴らす。よし、とベッドから立ち上がれば、股間が痛過ぎてうずくまった。金的食らった男、もしくは尿意を堪える女児の図だ。正直、女だって金的食らったら痛いけど、そういうことはこの際どうでもいい。

「くっそー……ハナピのケツにバット捩じこんどけば良かったぜ……。何で女は入れられる側なんだよ。全然割に合わねえじゃん」

 入れるのは男、抱くのも男、犯すのもリードするのも大抵男。毎月流したくもない血ぃ流して、十月十日お腹を痛めるのが女。最悪だ。男なんてカマ掘られて全員死ね。……んなことみんな言わねえから、単にあたしの男運が悪いんだろうな。あと生理重いんだろうな。怪獣みたいな声で唸るぜ? リョーコに爆笑された。

「……ほんっと、損なのな」

 女が損ではなくて、あたしの一人損なのも分かっちゃいる。こちとら不感症なんだよ、クソ。アタクシを喜ばせられるオトコなんざ一人もいないザマス、とか言ってる余裕ねえんだよ。風俗嬢の数え方風に言えば、十本相手したよ。結構本気だったヤツもいたけど、セックス向いてないんだよあたし。健全な男に向かってそりゃ言えないだろ。かわいそーじゃん、なんか。そんで結局ぐだぐだになる。気持ちが通じてりゃいいって美談は、なかなか巧くいかないんだと。体の相性がいい男、どっかにいねえかなって考えてたら、なあ? タカトウて。ないわ。生物学的にねえよ。女と体の相性がいい女とかいねえよ。

「あーもー、とりあえずタカトウボコるわ。ケッテー。……あいたたた」

 立ちあがったはいいが、半端なく内股になってる。これはマズい。タカトウのデコピンにさえ負ける可能性がある。もういんじゃね? 体育館裏より産婦人科行った方が良くね? いや、一回行ったけど、あんな屈辱的な台に載るくらいなら迷わず体育館裏だね。どっちも行かないのが正解でも、プライド的には体育館裏だね。腕組みして、おせえんだよコラ! のひとつも言わないでヤンキー務まるかっつーの。

「……原チャ乗ったら痛みで死にそう……バス何分だっけか」

 間抜けな動きをしながら、タカトウより遅く着いたら確実に笑い者扱いになる想像をして、かなり死にたい。

■ ■ ■

「入来さん? なんで前かがみなの?」

「大人の二乗だ、この野郎……」

 大人の事情より凄いぜ? なんて台詞を説明する気力も無いほど、消耗し切っていた。五時て。日ぃ沈みかけだし、タカトウは余裕で到着済みだしよ。野球部のヨシコーイ、カッキーンが響いてる安穏とした夏の日暮れの中、あたしバーサンの如き脆弱さだしよ。マンコ痛いんですって、ここ産婦人科じゃなくて体育館裏なんだからさ、言えねえじゃん。マジで。

「待たせたな……」

「ううん、全然。だけどびっくりしちゃった。入来さんの方から呼び出されるなんて、思ってなかったから」

「あたしも呼び出すとは思わなかった……ふう」

 体育館の壁面に凭れるタカトウに並んで、あたしも背中を預ける。耳ではなく体から、板敷を踏む音が伝わる。バスケ? バレー? バレー部のタカトウがいるなら、バレーはないな。

「入来さんのスカート、長いよね」

「ん? あ、まあ。アンタは規定通りなんだろ、きっと」

 あたしのロンスカを物珍しそうに見る。いつもこれ穿いてんのに、そんなまじまじと見るもんかよ。面白かねえよ。テメエの、服装検査一発通過級の制服なら、模範的過ぎていっそ面白えよ。あたしがガンくれてるのを無視して、タカトウは興味ありげにスカートを観察する。うぜえ。ファッションショーしに来たんじゃねえよ。テメエもあたしも、普段通りじゃねえか。こっちゃ見慣れてんだよ、テメエのスカート。

「……? 入来さん、お腹痛いの?」

「ああっ!? んなわけ――」

「顔! どうしたの!?」

 おせえよ! ここで気づくのかよ! オイオイ、何か凄まじく心配してるぞコイツ。調子狂うな。テメエタカトウの妹とか言うオチねえだろうな? 何だよそれ。うろたえるとか、らしくねえだろ。タカトウはツンと澄ましてカッコイイ女やってりゃいいんだよ。ったく。

「喧嘩した。顔も腹も殴られた。オシマイ……って何すっ」

 るんだよ。タカトウに体掴まれて、位置交代させられた。タカトウの顔が薄暗くなる。ああ、西日ね。さっき太陽背負ってたのかあたし。だからオマエ気付かなかったのな、とか分析してる場合じゃねえだろ! 近っ! 近えよタカトウ! あたしの顔触っていいとか誰が言った!? 放せっつーの! 調子、狂うから、放して。あたしは瞼をきつく結ぶ。殴られる時でさえ目ぇ瞑らないあたしが、タカトウが近いというそんなくだらない理由で目ぇ瞑る。

 頼むよ、タカトウ。あたしが悪かったの認めるから、放して。アンタで感じたのを、ハナピに逃げて、言い逃れしようとしてこのザマなんだ。タカトウの腕の中、息も出来なくなる。顔が熱くて、下も、熱くて、痛みなんてどうでも良くなる。あたし、何しに来たんだっけか。タカトウ殴りに来たんじゃねえの? それが、何で、デコピンどころかハグで負けてんだよ。こんな優しいサバ折りはねえよ。ハグでもねえよ。何勘違いしてるんだよカス。うっぜえ。

「いい、タカトウ、放せ」

 必死で引き剥がしたら、呆気なく解けた。動揺を悟られないように呼吸したら、息が震えた。だっさ。落ち付けよ、処女じゃねえんだからさ。いや、処女とかじゃなくて、あれだよ。あれ。

「鈍く出来てるから、いいんだ」

 そう、これ。あたしの常套句。あたしが鈍いのは必然なんだって、言い聞かせて、いつだって安心した。今も大丈夫だ。タカトウ困らせてもしゃーないしな。テメエの思いやりなんぞいらん。テメエもいらん。よしよし、完璧落ち着いた。

「もしかして、同じおまじないなのかな。……入来、純<ジュン>さん」

 あ、ごめん切れたわ。

 タカトウの肩を壁に叩きつける。苦しそうな声で呻いた。掻き乱すな。父さん以外がその名で呼ぶな。調子に乗んなタカトウ。あたしを綺麗な名前で呼ぶな。

「アンタ、何で合コンなんざ出てきた。優等生さんよ。ここにものこのこ顔出しやがって。ヌケてんだよ」

「入来さんが、来るって聞いたから、無理言って、五人目に」

「ああっ!? んだよそれ!」

「お話、してみたくて……痛い……」

 舌打ちして放した。苛ついて苛ついて、内臓と血を炎に変えて吐き出して、一切が燃え尽きればいいと思う。最悪だ。死にたくて死にたくて、恥ずかしくて死にたいよ。コイツフクロにして殺して埋めて、あたしも死ぬのが丁度いいんじゃねえの。クソ。

「アンタはいいよな。合ってるよ、ぴったりだよ、鷹頭三純<ミスミ>。心技体でも、知力財力美貌でも、何でもいいや、何でもいいんだよ! アンタから見たらあたしなんて笑い者だろ! 見下してみたかったか? ったく、何がオナジオマジナイなんだっつーの! こっちゃノロイなんだよ! あたしは純なんて名前じゃなくて――」

 ニブイ、と、言われた。純という名は、鈍に似ている。あたしにそう言って頬を張った彼女は元気だろうか。お陰で三年以上ぐちゃぐちゃですよ。そうして、こうして、似た名前の女に会って、最初から、それはそれは、ぐちゃぐちゃでした。ニブクない女の子は、きっとこういう風に育つのでしょうと、それはそれは、ぐちゃぐちゃです。

 何だよそれ。悲しそうな眼で見んなよ。憐みかよそれ。うぜえんだよ。名前がちょっと似てるくらい、大したことじゃねえんだよ。現に、これっぽっちも、似てないじゃねえか、テメエとあたし。テメエは綺麗で純心で、あたしはゴミみてえなヤンキーじゃねえか。勝ってるの乳だけじゃねえか。その乳も鈍いんだよ。胸もマンコもどこもかしこも、全身、心どころか体まで鈍く出来てるドンな女なんだよ! ……なぁ、泣くなよ。そんなさ、涙零れてんのに、どうして表情崩れないんだよ。テメエは別に、鈍くないだろ? もっと人間っぽく泣けよ。苛つくんだよ。あたしはアンタのそういう部分が怖くて、悲しくて、いつも、目で追ってたんだ。コイツは鈍いのか、純なのか、心配で、いつも、目で追ってたんだ。

「私も、鈍いよ。あと、濁ってて、汚くて、これでみっつ。入来さんより酷いね」

「どこが」

「7番に王様とキスしてもらうくらいは、酷いよ」

 ああ、それ、やっぱ狙ってたのな。……狙ってたのかよ!? そういや元々その話を聞きに来たんじゃねえか! 何テンパってんだよあたし!? 真剣十代のしゃべなんとかじゃねえっつーの! 一人で赤くなったり赤くなったりしてる場合じゃねえだろ! 分かりづれえな、羞恥と激昂で大人の二乗だったよ! もっと分かりづれえ!

「な、何でンなことしたのさ」

「入来さんに……憧れてたから……」

「はあ!? パーフェクト超人のアンタに憧れられる部分が微塵もねえっつーの! 乳か!? ああ、背だ! 背でもいい! 多分あたしの方が高ぇ!」

 今度は一人千手観音タイム入りました。すげぇ、人間の手ってこんな激しい動きすんだなーって頭のどっかで感嘆しつつ、ものすげえ身振り手振りしてるし、あたし。いや、そりゃあね、たまには慕われますよ? 信長級に天下布武の女だしさ。ただ、歯欠けた子とか頭マッキンキンの子とかだぜ? タカトウにアコガレテマシタとか言われる筋合いねえし!

「だって入来さん、カッコイイもん」

「ふざけんな! あたしの中でカッコイイっつったらアンタで、その次が総長だっての! そのランキングにあたしはいねえ!」

「いるもん! 第一位だもん!」

「いねえ! いてもワースト辺りだ!」

「……いるもん……」

 あー、また泣かした。ごめんって。つーかコイツ、普段と全然ノリ違うじゃねえか。あたしのタカトウはもっとキゼンとしてるぜ? 鉄の女<サッチャー>ならぬ銀の女<タカトウ>だぜ? そこいらの男どもが声かけるのすら躊躇う美女だぜ? ……どんだけタカトウキャンペーン中なんだよ、あたしは。

「泣くなってばー……」

 ポケットタオル取り出して、血ぃ付いてないの確認してからタカトウへ宛がう。頭撫でながら涙を拭った。うわ、タカトウ髪さらさらだよ……あたし髪かったいから、羨ましいなあ……いや、落ち着けよ。タカトウの髪うっとり撫でてんなよ。ねえって、色々。

「入来さんは、鈍くないよ。ちゃんと褒めてくれて、優しいよ。入来さんに褒められちゃった。やった」

「誰が褒め……たわ」

 数秒前にベタ褒め合戦したわ。どっちかってーとあたしのが褒めたわ。パーフェクト超人とか言ったわ。嘘は吐いてねえけど、あれだ、誤解だって、タカトウ。目ぇキラキラしてんのはどうしてだよ。涙か、涙だろ、そういうことにしとけ。

「それに、私だって、鈍くないところもあるんだよ? 入来さんと両想いなの、知ってるもん」

「それは――」

 ねえって。抱き締めんなって。ヤバイって。テメエにくっつかれるだけでマンコ崩壊だから勘弁しとけって。つーか両想いはねえよ。あってもあたしが惚れてるだけだろ。えっ!? あたし惚れてんの!? 違えよ! タカトウみたいに成りたかっただけだっつーの! タカトウのこと好きとか、ない、よね? マサカサ。マッカーサーぽくてGHQじゃね? 動揺し過ぎだって! ええい、その目を止めんかタカトウ! GHQはグレートハイパーキュンと来るの略だったんだぜ! ……畜生、コイツに勝てん。目だけで圧敗。

「入来さん、私のこと好きだよね? 今日は告白しに呼んだんだ。そうでしょ?」

 この勘違い女、いつかシめる。今ではないな! 勝てないから! あの、タカトウさん? 何であたしの手ぇ掴んでんの? 磔みたくなってんだけどさ、あたし。だから顔近いってんだよ! 目ぇ細めんな! 笑うな! ああ、ヤバ、パンツ汚してる自覚がある。あたし終わった。ヤンキーゴーホーム、略称YGH。

 あたしが堪らず目を閉じたら、タカトウの唇が重なった。王様と7番じゃない、二回目のキス。タカトウは相変わらず王様で、彼女の1番があたしなんだってさ、知らねえけど。てーか、あの時、分単位でしてたぞ、あたし達。周りシーンとなったね。子音もなくってさ、死因はタカトウが滅茶苦茶慣れてたからじゃん、多分。コイツ上手いんだって! 洒落なんないって! しかも何だよこのポーズ! 結局あたしは犯される方かよ! んーんー言ってる乙女があたしだったよ! そっとアゴ支えてんなタカトウ! 畜生……。

 野球部のカッキーンがやっと意識に割り込んだ頃には、あたしの舌も腰もぐったりで、かなりのマグロっぷりだった。吊るし切りはアンコウか、アンコウだな。あたしアンコウ。タカトウに吊るされて調理されるのを待ってるアンコウ。いずれにせよ魚類。口パクパクしてるし。

「キスだけで感じちゃうところ、すごく純だなあって思うよ。ね、純さん」

「……おびょえとけよ」

 呂律回ってねえじゃん。もう、名前呼ばれて切れる元気もねえじゃん。切られるだけなんじゃん、あたし。タカトウの手が胸元へ伸びる。陸に上がった深海魚みたいに、あたしはのたうち回ってるっつーか内側から爆発しそうってーかこのパンツ二度と履けないんじゃね? どんだけピュアなんだよあたしは! 処女かっつーの!

 口喧嘩吹っかけようと思って、耳に息吹きかけられて撃沈する。タカトウに探られるあたしの胸は、先端が言いたくない状態になっている。制服越しにあたしのそれを見つけようとするタカトウに、あたしは何も言い返せないでいる。

「純さん、私のことずっと見てたよね。私も見てた。お互い気にしてたの、おかしいね」

「おかしかねえって……ああそうだよ! 好きです! 大好きでした! これで満足か優等生! んくっ」

 啖呵切ったら口塞がれるし、あたしどうすりゃいいのさ。大体テメエ慣れ過ぎなんだってば。あたし本気で7番目なんじゃねえの、元カレ的な意味で。ん、元カノか? 良く考えたらタカトウ、女じゃん。女慣れしてるっておかしいだろ! ……まぁ、いいよ、いいさ。あたしはアンタが一人目の女なんだから、純なのは仕方ねえんだよ。こんなに全身おかしくなるのも、アンタが初めて。

「いひゃっ」

 舌噛むなよ! 痛気持ちくてピンチだったぞ!? タカトウのこと睨んだら、あっちはあっちで睨んでくる。んだよコラ。犯すぞ。犯されてっけど。

「ユートーセじゃなくて、三純。カタカナじゃなくて、漢字。私も名前で呼んで欲しいな、純さん」

「いや、まあ、えーっと……ねえ?」

「おあずけしちゃう?」

 タカトウの手があたしの胸を離れる。そこは責任取れよ! あたしの洪水に巻き込まれたパンツの責任を取ってやれよ! つーか漢字でってどういうリクエストだよ! 硬めに言えばいいのか? 格式ぶればいいのか? 三純って漢字のフィーリング<カンジ>が分からなくて、脳みそいっぱいにびっしり三純を書いたら、名前だけでイきそう。イッたこととかねえけどな。こちとら鉄壁ならぬ鈍壁なんだよ、オナニーですら楽しめねえよ。鈍く出来てんだよ、純という名は――。

 いい加減、自虐もきっついから、止めたいんだぜ、正直。

「み、すみ。みすみ。三純?」

「はい、純さん」

 三純がご褒美のキスをくれる。ああ、クソ恥ずい……優等生の手ごめにされるヤンキーってどうなのさ。しかもすっげー美男子とか秀才とかスポーツマンじゃねえっつーか、そもそも女だよ。すっげー美少女で才媛でスポーツガールだよ。何だ、置き換え不能なのは性別くらいじゃん。どうでもいいや。大体、三純が男だったら惚れてなかったっつーの。女の理想は、いつだって女なんだしよ。

 そして野球部のカッキーンに混ざって、校舎の隅っこでアレな喘ぎ声が響いてたり、純だの三純だの名前が繰り返されてたり、あたしが赤飯もののイキっぷりを披露したり、まぁ、そういうオチだよ。殺すぞ、つーか恥ずかしくて死ぬし。三純にパンツ盗られたし。アイツいつかシめる。

 具体的には、十年後ぐらい?

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