【純潔教育】

 暴力が男の武器なんだって時代はとっくに終わっててさ、現代ニッポンは男女ビョードーなワケよ。そこんとこキッチリわかっとかねーとあたしみたいな花よりゲンコの女が出てきてフクロにされるっつー寸法。や、ミンシュシュギテキカイケツだけで話が済みゃ早えよ? そしたらあたしも殴ったり殴られたりしなくて平和なワケじゃん。最初に汚ねえことしたのはどっちかっつったらアッチの方で、そんなん、文句言われる筋合いはないわな。

 イイダがあたしに「カレシ出来たんすよ!」とかハッピー報告してきた時、「よかったじゃん。あんま苛めんなよ」つったのがあたしで、なまじっかテメエが男とグチャることが多いぶん、嬉しそうなイイダ見たら、なんか、頑張れよーって父心だか乳心<チチゴコロ>だか母心だか沸いたりした。五右衛門風呂ぐらいの沸きっぷり、てそりゃ沸き過ぎか。「ね、純さんって……お風呂で浮くの?」「浮いたらどうだっつーんだ」「……一緒に入ってみたいな」。タカトウと混浴したらショージキ五右衛門風呂じゃなくてもあたしくったくたのいい按配で煮込めるんじゃねーのと思ったけど、まあそういう話は今はいんだ。イイダだよ。相手の写メ見たらどこで捕まえて来たんだって感じのフッツーそうなオニーチャンで、実際どこで捕まえて来たんだって聞いたらクラブだと。「すっごい意気投合しちゃったんすよ! もー相性バッチリで!」なんてアイツが言うもんだから、イイダの愛のとばっちり喰らいつつも、まぁいいじゃんね、ハートフルで、みたいに聞いてたのが……一週間前の話か、話だな。あたしも最短三日で振ったことあるけどよ、イイダが五日で泣き言言ってくるとは思ってもみなくて、「入来<イリキ>さん……入来さん……」とか電話で泣き付かれたら原チャ転がして慰めに行ってやってもしょうがねえっつーか、『アウシュビッツ』に着いたら既に化粧ボロボロ剥げてるくらい泣いてっから、あ、とりあえずあの男殴るかって考えた。そんなん、イイダはクスリもタバコもリスカもやってっけどさ、いい子なんだっつーのは知ってんだから、相手が悪りーんだってとこから入るわな。

 「湿っぽいなイイダ。カワイイの台無しだぞ」、なんてカルいノリで髪の毛クシャクシャしたら涙のバルブ全開になって一瞬焦る。「ぅー……いりきさん……聞いてくださいよぉ……」。早速グチモード、になるにはちっと水分出過ぎでヤバいイイダを、背中撫でたり涙拭いてやったりあたしらしくねえことしてんなーってなる。いんだよ、道端にツバ吐いたりセケンサマに喧嘩売ったりはしても、仲間には優しく出来てんだよ、ヤンキーっつう生き物は。マスターは黙って茶を足してくれる。『アウシュビッツ』のシメンさんは総長曰くあたしたちのセンパイらしくて、店で泣こうが喚こうが飲もうが飛ぼうが寡黙な笑顔で応じる出来た女マスター、つうのは多分誤解で、総長が敬語遣ってるくらいだから多分ヤベエ。そんなヤベエシメンさんがカウンタに消えていくのを横目に見つつ、ようやっとまともに会話を始めたイイダの事情を聞いた。

 大筋はカンタンで、要するにハメ撮りされたっつー話だった。イイダのことぐでんぐでんになるまで酔わせて、エススニフさせて、ワケわかんねー状態のイイダに突っ込みながらカメラ回すとかどんだけクズだよ。その映像をイイダに見せて、「俺から逃げたらバラまくぞ」だとさ。アホか。AVの見過ぎなんだよサル。申楽<サルガク>の台本にもなりゃしねえよ。本気<MAJI>でDIEする5秒前、作曲竹内まりあ、作詞入来純<イリキジュン>てクレジット入れとけ。古ぃか、古いな。今じゃ歌手じゃなくて女優だよ、ヒロスエ。んな軽口で笑える状況でもねえ重愚痴だったら、「入来ちゃん来てー」「あいよ。誰ぶっ殺せばケリがつく?」ってお決まりの流れに沿ってあたしのワンパンですっきり解決しときゃ万事太平、上喜撰<ジョウキセン>飲んで上機嫌でいいんじゃんねってことでさ。「入来さん、アタシどうしたら……」つってイイダが困る必要皆無っつーか、「ソイツ片して来るからイイダは茶でも飲んで寝とけ。でも上喜撰は三杯までな、眠れなくなっから」つって相手の住所と名前聞き出して、ノーミソの端っこにちょこちょこっとメモ書きしたのだった。

 そっからはソッチョクなストーリー展開でさ、ブリッブリのフリル服に身を包んだ痛々しいオトメ入来純ちゃん(笑)、ご指名ありがとうございましたーっつって華麗に参上だよこの野郎。相手を油断させる変装思いつくとかあたし冴えてね!? とかノリノリで着てみたはいいものの、いっそ冷えてたよ。「純さん可愛い」なんてタカトウのベタ褒めと共に押し付けられたリボンベルトワンピース、家に帰ってみたら「よくこれ試着したなあたし……」と頭抱えて絶望するオトメスーツだったよ。まさか役に立つ日が来るとはな! 人間似合わない服を着るだけで死にたくなる日が来るとはな! それ着てオトコノヒトのオウチに向かうあたしマジオトメじゃね? 『あたしオシャレして……今日はカレと……殴りあうのv』。……ごめんって。殴るだけだっつーの、一方的に。

 原付跨いだ途端「あ、知ってる顔に見られたら流石に死ねる」と人間の尊厳を意識して、誰かに足出してもらおうと思ったら「だーかーらー! 知り合いはダメだっつってんだろ!?」とセルフツッコミを喰らって結局タクシーを呼ぶ。運ちゃんがちらちらあたしの乳を窺ってた程度にはあたしイケてんじゃね? 違うか、乳がイケてんのか。オマエらなんでそんなに巨乳好きなんだよ! こんな谷間バッチシみたいなVネック着てるあたしが悪ぃんかよ! 残念ながらこの乳はオヒトリサマ御指名デースてなってて、今じゃすっかりあたしのツレ専用だよ! タカトウのキスとか指の形とか染み込んでてもおかしくねえよ! もうあたしタカトウ色だよ! 文句あるか畜生!

 うっかり憂い溜め息吐いたら「お客さん、お仕事ですか?」っつう運ちゃんの何かを間違えたコメントを頂く。水のひとじゃねえよ! どの店に行ってもあたしはいねえよ! 家は道場だよ! マットプレイつっても投げたり殴ったりのSMっぷりだよ! そこんとこ全力ツッコミしても虚しいので無言のスルーっぷりを披露したら、料金渡すくだりで「見かけたら指名しますよ」ってその設定ひっぱんのかよ!? しれっと運賃負けてくれたあたり、男ってしょうがねえなぁと思う。まぁサービス料ってことにしとくか、谷間代。タニマノカネっつったらタジマノカミみたいでカッコよくね? ねえか、ねえな。色々ねえ。こちとら柳生<ヤギュウ>じゃなくてキョニュウだっつうの。柳生但馬守宗矩<ヤギュウ・タジマノカミ・ムネノリ>を巨乳谷間代胸盛<キョニュウ・タニマノカネ・ムネモリ>呼ばわりしたら新陰流で真っ二つじゃね? 知んねえけどさ。

 あたしの乳のいい仕事っぷりに満足した運ちゃんが帰還する前に、「30分くらい経ったらまたココに来てもらっていっすかね。逆指名っつうことで」つったら喜んで引き受けてくれる。いいなー男、カンタンで。あたしはそーいうカンタンさが別に嫌いじゃねえってか好きなんだけど、まあ、男と大抵ぐだぐだになるあたしを掻っ攫っていったのは、猫被るのが得意なドS女だったっつー話。あたしがされる側なのが納得いかねえ……どんだけ強キャラなんだよタカトウ……勝てん……。

 そういう日ごろの鬱憤を拳に乗っけて玄関ブチ破ろうとしたのは置いといて、チャイム鳴らしてアホ男が出て来るのを待って、「誰?」っつう当然の質問が飛んできたから「ひどーい! この前いっしょに飲んだじゃないの! 連絡先くれたから遊びに来たのにぃ」て、誰……あたしが誰だよマジで……どんなキャラだよ……。あたしの引き攣りそうな笑顔は、しかし相手に見られてなかったから大した問題でもなかった。コイツ乳しか見てねえ。オマエらは……もっとこう、入来さんの良さとか他にいっぱいあるんじゃね!? おっぱいあるじゃなくってよ! 『今、入来は乳である。乳に依って生き、乳の光によって輝く、情人のような蒼白い顔の乳である。』って元ネタに戻れないボケも浮かぶってもんだろ! 平塚らいてうだったよ! 女性は太陽だったとか月だとか大真面目な話したひとだったよ! 乳の話はしてねえよ! ……ったく、『男性とはかくも嘔吐に値するものだろうか』だぜ、ホント。

 「ああ、ええと……そうそう、飲んだ飲んだ! 一人? 入りなよ」と下心満載の、コイツの名前なんだっけと必死こいて思い出そうとしてるの見え見えな、ソイツの名前は……なんだっけ? モヤシでいいか、大体イメージ伝わるだろ。なんでイイダはこんなんに脅迫されてるんだろってなったわ。会うと尚更。なんか腕力足りなそうなんだもんよ。草食系男子っつうか草系男子。愛称はモヤシ。

 「キミみたいな可愛い子と飲んだら忘れるはずないんだけどな……あれ! 先月の打ち上げいたでしょ! 違う?」と絶好調な空振りに付き合うのもめんどくせえ。ソファーに勝手に座ってざっと物色してみたところ、武器にされそうなモンもタカが知れてるし、目当てのモンがぱっと見つかるワケでもねえしさ。隙だらけのモヤシが茶入れてる間に指を鳴らしてみる。いい具合にパキパキ言う。さーていつ殴るかなーっつう段取りで、「まあお茶でも」「ん、ありがと」と何気なく飲んだ茶で意識飛ぶとかどんだけヌケてんだよあたしは。

 気絶してる間にタカトウからされてる夢見て、「……乳の揉み方がド下手過ぎる! テメエはタカトウじゃねえ! つまりこれは夢だ!」つう叫びを上げながら飛び起きたらモヤシに頭突きが炸裂する。「いっづ……なんで起き」「愛あるところに性技<セイギ>あり! 大人の二乗だ馬鹿野郎!」とかどっちが馬鹿だよってツッコミは置いといて、よし殴る今殴るぶっ殺す、てあたしマッパだし両手が手錠でベッドと繋がれてるしカメラ回ってるし。「大人しくしとけよ。直ぐ気持ちよくなるから」? ならんわ! テメエみたいな存在自体童貞の物体に喘がされるなら、とっくの昔に男でイキまくってるっつーの! ニブい女舐めんなよ、マジで。あたしを乗りこなせる人類つったら鷹頭三純<タカトウミスミ>以外にいねえんだよ。テメエのチンコのことで頭いっぱいのサルがあたしイかせるとか寝言は寝て言えハゲ。おもっくそガンつけてやったらモヤシはビビりつつも「抵抗しても逃げられないからな。女は黙ってヤられとけよ」つうお決まりのテーケークを言ってのける。叩き売りのケーキじゃねえんだし、そういうの、今日び流行んねんだよ。だったらテメエは殺<ヤ>られとくかっつうことで、パイプベッドから体をずらして床に着地した入来選手、両手両足に力を篭めまして……『手錠に繋がれたままパイプベッドごと立ち上がりました』。あー手首結構クるな……と思ったら掴みやすいヘリがあったんでそこ持ったらスゲー楽になった。「とりあえず、えーとだな……この手錠外してくれね? そうじゃねえとあたし、このベッドでジャイアントスイングかましてテメエの私物だとか家具だとかテメエだとか片っ端から粉々に砕くけど。マッパの女に粉砕されて死ねるとかある意味幸せな気がすっからさ、『砕かれとく』?」なるカヨワイオトメ的アドバイスをくれてやったら戦意喪失したモヤシは大急ぎで解錠する。いやーあたしみたいなカヨワイオトメでもベッドって持ち上がるもんなんだなー、とかあんまり言ってても虚しくなるだけなんで、試しにモヤシと選手交代して、マッパに剥いてベッドと繋いでみた。「うーん……立場逆になってみたらあたしも興奮する、なんてことはねえか、ねえな、色々。こんなんでタってるテメエもねえよモヤシ。ベッド持ち上がる? ああそう、無理か。無理だわな。そしたらどっかの層には受けるかも知れねえ『胸の大きな女の子に顔面変形するまで殴られる』AVっつうかDVっつうかそんな感じのこと? サービスしてやっから……ま、乱暴される身にもなってみるといいんじゃねえの」。

 続きはwebで! つうか省略。入来さんホントにヤンキーだったんだなーっつう認識だけしてもらえればいい。乳+腕力=オトメ。入来さんホントにオトメだったんだなーとか……誰か言ってくれねえかな……無理か……。まぁいいや。

 モヤシとあたしの情事を録画したハードディスクを抜き取って、多分こん中に主演男優モヤシのエロ動画が大量に収録されていることを想像したらテンションだだ下がりになる。壁にそっと宛がってワンパンでヤツの野望を粉微塵。安心してるんだか残念がってるんだか顔ボコボコのせいでさっぱりわかんねえモヤシに対し、「テメエのチンコ動画とかいらねんだけどさ、脅してる女の子全員に謝って回れや。あたしは物で脅しゃしねえ、が、コッチはいつでもテメエのスナッフ撮る気でいっから、ヨロシクっつうことで。鎖国<ラクエン>作りも程ほどにしとかねえと――蒸気船<クロフネ>が全部ぶっ壊しに来るからよ」。引っ張るなぁペリーネタ……カイコクシテクダサイヨー、だよ、全く。

 モヤシとギッコンバッタンしたイイ汗をシャワーで流し、乱暴されるとあたしコワーイ、ので、モヤシにはベッドとお友達のままでいてもらうことにする。包帯だけかっぱらって削れた手の甲の皮膚をぐるぐる巻いて、うわータカトウこれ見たら怒るんじゃねえかなぁ、ヤベエなぁと後の祭り。既に一時間超経っていて、タクシーの運ちゃん帰ってんだろうなぁ、もオセェ後悔つう話。チンタラチンタラ歩いて帰ろうかと思ったら、いるし、運ちゃん。「お疲れ様です」てさ、髪濡れてて両手に包帯巻いた女が何をどうして来たのかわかんねーだろうに、待たされた文句どころか一応ねぎらいの言葉をくれた運ちゃんのひとの良さに感心する。サービスしとこうかっつう思いが一瞬過ぎって、ジョーダンでもねえわなあてなって、シメンさんがいつだかくれたどっかのお店の名刺を横流ししてから「遊びに来てくださいね」なんつうヒデエ遊びをした。そもそも何の店だかすら知んねえけど、確か『エリクス・モダン』つう名前の店。

 ……以上が前フリ。前フリだったんだよ。知っとかねえと話繋がんねえから聞いといてくださいっつう按配の前フリ。モヤシボコッてイイダがキャーイリキサンカッコイーて手ぇ叩いて終わると思ったら、なんかややこしいオチが付いて来たんでね。ちなみに、手の傷はタカトウにばっちり叱られた、つうのは蛇足。

 ■ ■ ■

 ラブレターっつうのも随分古典的なモンで、和歌の時代なら男から女へ、現代だと便箋に突っ込まれた愛情が女から男だったり男から女だったり、最近だと携帯メールで告ってみたりと、色々好意の伝え方はあるとして、ゲタ箱にFrom女To女みたいなカッワイー便箋が突っ込まれてたら、To側の女であるこのあたしは、どういうリアクション返したらリアクション芸人になれるんだろね。誰がリアクション芸人だよ! あたしは巨乳だっつうの! ちげえ! ヤンキーだっつうの! アブねえ……乳自虐ばっかりしてたら自意識が乳化するところだった……。

 朝の早さに定評がある不良健康優良児のあたしだから、だーれもいねえ教室にしぺたしぺたスリッパ鳴らして行って、ビッと便箋一気をやりかけて、止めて、丁寧に封のシールを剥いだ。中には若葉色の紙が一枚折り込まれている。テメエの席に腰下ろして机に足乗っけて、それとなく読んでみれば出だしの筆跡で差出人が知れた。イイダか。あーこん前のお礼かなんかだなーってラブレターとか思っちまったテメエのマヌケさを鼻で笑うつもりだったのが、どうにも雲行きが怪しく、ヨーヤクすると「入来さん好きです、本気です」だった。

「ラブレターじゃねえか!?」

 ねえよイイダ……From女To女のラブはねえよ……と思いかけて、良く考えなくてもタカトウラブのあたしが存在してんじゃん、てなる。うおあ……き、切り返しねえぞコレ……以前のあたしだったら「あぁ!? 女と付き合う趣味ねえんだよ! いいから焼きソバパン買って来いや!」……とかは言わねえけどさ、「あたしそーいう気ねえから」とは言えたはずなんだよな。そーいう気ってのはどーいう気だよ。アレか、女は男と付き合うのが当たり前っつーアレか。実際そっちのが当たり前だとは未だに思っちゃいるものの、なんか、わかるんだよな。多分友達じゃダメなんだよ。チンコとかマンコとかそーいうのは無視して、コイツの横にいたいなーとか、無性にハグられたくなるとか、キスされたくなるとか、もう友達じゃねえよってなる。願望が受身系なのは見なかったことにしとけや、頼むから。マジに。

「イイダか……イイダね……懐いてくれてるトコは前からあったけどよ……後輩以外の感情がどうやっても湧かねえ気がする……」

 飯田美砂<イイダミサ>の赤っけえ髪を思い出して、「入来さんに憧れて染めたんすよ」とかそんな文句を聞いた気もしながら、そういうのカワイイっちゃカワイイとして、そこで終わりだよ。悩む話でもねえ。イイダがあたしのこと好きだとか、お互い女だとか、引っ掛かっとくトコでもねえわな。あたしは単に、今はタカトウしか追っかけてねえつうこと。泣かせるの覚悟で断るしかねえな。

「きまじい……」

 テメエのすることなんて決まりきってんのに、うっかり頭抱えて唸る。だって、告白するっつーのスゲー大変じゃん。稽古前の黙祷を一時間やるくらいの集中と覚悟いるって、マジで。告ったことも告られたこともあっけどさ、する側の方が圧倒的にパワー使ってるよ。下手すりゃ友達って安定枠からすらドロップすんだし、傷付きたくねえじゃん、みんな。そんだけパワー使ってるイイダを袖にして泣かす気分つったら、正岡子規の雅号の由来ぐらい切ねえってさ。血ぃ吐く覚悟で鳴いてるのに、泣かして殺すんかよってなる。

「純さん? お早う」

「ああタカトウか。早えのはお互いサマ……で、いでで、っにすんだよこのアマ!?」

 タカトウが歩み寄った次の瞬間にはヤツの両手があたしの頬を引き伸ばしてたワケだよ。めっちゃ痛えし。朝からどんだけ過激なアイサツしてんだっての。蹴り飛ばしたあたしの机がゴットーンと音立てて、朝の教室に沈黙しばしバシバシ。

「二人きりの時は?」

「……細けぇよ、ミスミ」

 うん。よくわかんねえ納得をされたあと、腫れた頬に慰撫めいたキスが触れる。おま、今ちょっと舐めただろ!? 慌てて顔抑えたらイタズラっぽく笑うしよ、だーっ! 調子狂う! タカトウといるとペース持ってかれる! 告られて即ヤリ即イキ、信頼と鈍感の入来メーカーがお送りしました、だよこの野郎! あたしそんな股緩い方でもねえぞ!? ……や、酒入ったら色々別だけど、そんなんはノリだとして、その、結構、ちゃんと、雰囲気とかさ、考えるし……だーっ! 何言ってんだあたしは!? もうこーいうの全部この女の誘導に違いねえ! タカトウオーラのせいだ! おのれタカトウ、図ったな!? 図ってねえか! すまん! ……少し落ち着こうぜ入来純……。

「にしても早くね?」

「今日は朝練。対抗戦が近いもの、頑張らなきゃ」

「あーね……ご苦労なこって」

 素っ気なく返すあたしの脳内は、リョーコに遠征先聞いといてこっそり応援行こうとか考えてる程度におめでたい。つーか朝練見に行こうっつう思惑を押し殺すのに必死。柔道部が使ってる筋トレ道具が転がってる二階の辺り、確か下からだと死角になってっから……あ? こそこそじゃなくて堂々と行ったらどうだって? 恥ずいだろ! タカトウがバレーしてるトコスゲー好きなんだけどさ、とか、言え、なく、ね? ほら、あたしにもあたしのメンツっつーのがですね……あってだな……あるんだわ。

「? 何持ってるの?」

 え、あたし何か持ってたっけ? ああラブレター……や、ヤブレター!? ちょ、鬼かタカトウ! 銀の女は伊達じゃねえ!? あの、どうしてンな真顔してんすかね三純さん? こええんすけど。

「飯田さんって、どういう子?」

「あたしのチームの子。髪赤い、笑うとエクボ出来る、プリンにショーユかけて『ウニじゃないんすよ! 醤油プリンはガチグルメなんっすよ!』とか言う子。そんだけだよ」

「本当?」

「嘘吐く意味ねえし。何でそんな機嫌悪いんさ、ミスミ」

 タカトウは無言であたしに座る。座んな! せめて後ろ向いてくれ! アンタの感触とか温度でカンタンに茹で上がるあたしの顔をだな、そのだな、見んなよ畜生……。俯いたら視線の中でタカトウの体が密着する。向き合ったタカトウがあたしをイスごと抱きしめて逃げられなくなるっつう新手のゴーモンだよ。ゴーモンじゃね? 息スッゲー詰まんの。頭くらっくらするし、あたし五右衛門。タカトウの体温だけで煮え死ぬ部類のドロボウ。このネタ冒頭で使ったくね? 天丼で笑ってもらえるのは芸人だけじゃね? 誰が芸人だよ! ヤンキー舐めんなよマジで。こんな細っちいタカトウなんぞ、それこそ手錠とパイプベッドより軽々持ち上げ……られたら苦労してねえよ……。

「やだ」

「何、が?」

「純さん取られたくない。浮気しないで欲しい……」

「どんだけブッ飛んでんだよ!? 何をどうしたらあたしがイイダに浮気すんだよ!」

「だ、だって、純さん素敵だから……優しいから……私よりいい子、男の子も女の子もいっぱい寄って来るだろうし、靡いちゃうかもって、それで」

 何言ってんだこのユートーセーは。寝てんのか。自分がどんだけイリキ、感激! とかイリキ、ご機嫌! とか引き起こしてると思ってんだコイツ。バーモントカレーが誕生する前からテメエのこと好きだったっつーのこの野郎。ミスミをな。ヒデキじゃなくってさ。その頃あたし生まれてねえじゃんとかはいいとしてさ。

「あのなぁ……あたしの今のテンパり具合わかってんのか? ハグだけであたし殺せる女、鷹頭三純以外のどこにいんだっつー話だよ。つうワケで適切な距離を確保したあとに口論を開始しねえ? その、死ぬ……」

「やだ」

「電気イスより安楽死、一家に一台、カンタンお手軽三純イス……」

「私のこと、嫌い?」

「好きだって」

「くっついたら迷惑?」

「……好き過ぎて死ぬっつってんだろうが! わっかんねーヤツだな!」

「きゃっ」

 おおっと入来選手、いったー! 高々とトロフィーもといタカトウを持ち上げました! 意味がわかりません! ヤケになった女の勢いやかくや、と言った模様です! 現場のタカトウさん! レポートをお願いします! マジで! ……何だこの図。コレ持ち上げてどうしろっつーんだ、数秒前のあたしよ。ジャイアントスイング……はねえな……タカトウ華奢だからアブねえな……。すごすご着地させるみっともなさっつったら、なんかもう死にたい。とりあえずワンシーンなかったことにしといて、タカトウの頭ぽんぽんして、「心配すんなよ。あたしの体ショージキに出来てっからさ、触って欲しいとかキスして欲しいとか、三純にしか思わないから」なんて言ってのける。ま、間違えてね? や、ちげえよ! 素直にタカトウのこと好きなのをアピールしようと思ったら口が滑ったんだよ! 「寺巡りなんかでいっしょに楽しめる相手、オマエしかいねえよ」辺りにしとくべきだった? 「スパイク決めてるトコスゲーカッコイイよ」も捨てがたい? 「テメエ授業中に目があった時のあたしのキョドりっぷり知ってんだろ、つーかガン見してゴメン」、これも悪くねえ。だってほら、あたしの回答、どんだけサカってんだよこのおっぱいさんはって感じしねえ? セーフか、直接的な好意のアピールっつうのはまあ、アリだよな! 『あたしは三純ヘビー級チャンピオンを獲得する最初の女になる。』ってアリも言ってたわ! 言ってねえ! あ、タカトウの目がなんかスイッチ入ってる。ヤバい。あたし蝶のように舞い蜂のように逃げる、アリだし。

「……してもいいの?」

 ためらい勝ちにタカトウが抱きついてきて、その糸であたしが蝶だろうが蜂だろうが問答無用で絡め取られる。問答無用は犬養毅か、犬養だな。誤解だタカトウ、話せば分かる……と茶を勧めたい髭面のオッサン役があたし、銃突きつけて直裁したい青年将校役がタカトウだった。犬養が最期どうなったかっつーと、瀕死の状態でなお将校とのオンビンな対話解決を図って、あーっと、結局死んだ。死ぬのかよ! ダメじゃん!?

「私、そういうことだったら他の子に負けないよ。お店でたくさん相手してきたから……だから、純さんのこと、他の子より気持ちよく出来る自信あるから……お願い、嫌いにならないで……」

「店?」

 背後のタカトウが震える。うっかりしたオウム返しが膿む返しだったかも知れねえって、後悔しかけたあたしに、タカトウは答えてくれた。

「うん、お店。悲しい女の子ばかり集めた、悲しい神様の名前が付いた、悲しい銀色の鋏が切り絵を続けてる、悲しいお店。私はずっとそこに居たの。幻滅する?」

「あー……よくわかんねえけどさ、オマエがどういう経歴持ってるかとか、あたしあんまりキョーミねえよ? 今の三純がスゲー好きなんだし」

「わ、私も、えっと、今の純さんが、すげえすき」

「被せんな」

「あてっ」

 入来ハンマー(後ろ手、超手加減)でピコンと叩いたら「あてっ」つったぞ「あてっ」て。なんかさ、そーいう普段聞かねえ台詞とか見ねえアクションとか、新しいアンタのこと知るたんびに好きになるから、むつかしい話は、いんだよ。ダイジョブだよ、ちったぁ安心しとけよ、そこはあたしの巨乳がエアバッグみてえに受け止めてやっから! うわ、カッコよさ皆無!? あとダメージがじわじわ来る。自虐ごっこは止めてだな、こう、タカトウの感触を反芻することにしようぜって試みたところ、ダメージ回復を通り越してメータ振り切ってエネルギー過剰で死にそう。やめろタカトウ! あたしの制服に顔埋めてスンスン鼻鳴らしたあとに甘い息吐くな! 背中ヤベエんだけど! 背骨貫通して心臓が直撃喰らってんだけど! 「純さん……したい……」「あのっ、あ、朝練あんだろっ」「放課後まで待てない……」「待とうぜ、待ってって、な……あっ」。スカーフなんざ当然してねえあたしの胸元に、タカトウの指が滑り込む。壁に押さえ付けられて、肩で体支えるハメになるあたしと、首筋を熱い息で湿らせるタカトウ。アンタじゃなかったら幾らでも振り解けるんだぜ? マジだって。タカトウだけは……強く出れねんだよ、なんか、好き過ぎて。アンタに触られたら、あたし、勝てねえって。

 「っ……!」「声、聞かせて?」。タカトウの人差し指が、あたしの閉じた貝を優しく抉じ開ける。唇にスキマ作って、歯に触れて、ナカに入ってきて、あたしは噛むのを我慢した結果おかしな声をだだ漏れさせる。「噛んでもいいよ? だって私の指、純さんのだから」。耳の後ろでタカトウが聞かせて、尖りきった乳首を潰す。タカトウが強くしたから、あたしはきっと、歯形を付けてしまう。タカトウの悲鳴は蜜の味がした。

「私、優等生なんかじゃないの。あんなこと楽しくも何ともない。ひとに認めて欲しかったから、努力して、たくさん努力して、一番になっても空っぽが酷くなるだけだった。私の空っぽ、純さんに埋めて欲しい。純さんは私の憧れ。私に出来ない生き方をしてるひと。すごく優しいひと。鈍くないひと。綺麗なひと、カッコいいひと、私のこと認めてくれるひと。純さん好き。大好き」

 ベタ褒めしても何も出ねえよ! マンコ辺りから溢れまくってる液体の話は置いといてだな、ついでにノーミソから絶賛放出中の脳内麻薬もいいとしてだな……卑怯だろ、タカトウ。ンなマジ告白されたらさ、お世辞だろうが何だろうが、幸せ過ぎて囁きオンリーでもドンウォーリっつうか、あたしの体がワーニンワーニンうるせえよ。そりゃレーニンがロシア革命成功したみたく、あたしの下肢は性交で革命されるっつー、いや、あの、段々余裕ない。全然余裕ない。「誰か来たら、純さんのかわいいとこ、見られちゃうね」とか、余計なお世話だよ畜生! スリルが許されてるのは布袋寅泰か、その音楽に合わせて出てくるタイツ姿の変態だけだよ! 「でも、かわいい純さんは他の子には見られたくない。好きなひとの秘密、独り占めしたい……」。既にされてるわ! アンタ以外でこんな大惨事になんねえっつうの! さっきから三途が見えまくっててお花畑の真っ最中だって! 胸蕩けそうになってるって! あたしのナカもソトも、全部、タカトウでいっぱいだって。

 「下、触ってもいい?」。あたしの腰を抱いてタカトウが訊く。壁が無かったらどっかに飛んでってそんまま行方不明になりそうな、バランスの悪いあたしが頷く。「スカート脱がせたら、もしもの時が大変だから……純さん、持ってて?」て、え、何それ食える? ホック外れてズリ下がろうとするマイロンスカを両手で持って、忍び込むタカトウの指を見せ付けられて、シチュエーションの恥ずさに頭が煮える。まるであたしがさ、タカトウの手が入りやすいように隙間作って、ここで遊んでくださいって、サイソクしてるみたいじゃねえか。タカトウが入ってくる。スカートよりもパンツよりも内側のあたし自身へ。あたしは膝を笑わせて、立ったままタカトウの指でメチャクチャにされる。「純さん、お漏らししてるみたい。こんなに濡れてる……」「や、だっ、ぅう……」。タカトウがちょっと乱暴に扱った途端、湿った音がふたりきりの教室に漂う。「このザラザラしたとこ、好き? いっぱい撫でてあげるね。ナカもお豆も、ううん、純さんの全身、私でイくように躾けちゃうの。私の指が、純さんの身体に恥ずかしい勉強をさせるの。最後は、純さんのこと優等生って言ってイジメるんだから……」。ひょっとして根に持ってんのかそれ!? 悪かったよ! わ、悪かったから……勘弁、しませんか、ね。マジに。

 苛めるとか広言してる割に、やたら丁寧に丹念に、必死に愛撫してくるから、まぁ、あたしが三回イくのも必至じゃねえのってことで、勘弁しとけや、頼むわホント。

■ ■ ■

 そんでイイダ呼び出して「手紙のことだけどよ」つったら「へ? 何の手紙すか?」ってシラ切りやがる……っつうか、「本気でそんな手紙出した覚えねーすよ、それよりヨーグルトに醤油をかけると新たな発見がですね」とかほざきやがる。ねえな、ねえよ、色々ねえ。そしたらあの、どう考えてもイイダの文字だった文章は誰が書いたんだってなるけど、あたしはンなミステリーより『放課後、いいですか?』っつう三純のメモ書きをどうしたもんかって、悩んだりもするワケで。

× × ×

「いつまでこのような遊びを続けるつもりですか」

 紫面が八の字に繰るシェイカの音の間に間に、時折金属の擦れる悲鳴が交じる。女は今日も退屈していて、青黴の浮いたチーズへ手中の鋏を突き立てると、口元に運んだ。手の動きに追随したラテックスの伸張、そして歪み。女の手は常に覆われ、鎧われている。

「何時まで? 知れた事だね。死ぬまでやりましょう。泣きながら乾きながら絶望しながら幸福を探求しましょう。エリクス・モダンは空腹だ。もっと、もっともっともっと、生贄は腐敗する程多く用意する必要がある。強烈な物語が要る。那由他の向こう側で、まだ貴女は飢えている。ねえ、想像してご覧? 届かない恋慕の苦痛、その信奉、オルトする為の目的と代償行為。それはそれは下らないエゴイズムだ。エリクス・モダンは、只管、空腹なだけだと言うのに」

「どうぞ、マティーニです」

 柄の捩れたマティーニ・グラスに湛えられた無色透明のネクタルと、銀の針が貫いたオリーブ。女は針を取り上げ、バーテンダの掌へ先端を押し当て、オリーブの続きとして連ねた。

「帰っておいで、紫面。あたしと一緒に、ノイズ塗れの狂想曲を弾きましょう。時間が無い、時間が無い、時間が無い時限時限」

「……貴女の畏れがそもそも下らないのだと、いい加減に気付いてください。神様の出来損ないめ」

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