【グラフラージエヌ<N:node 4,edge 3>】

 不機嫌と欲情と、イライラとムラムラと、会社での失敗とお家でのお預けと、そういう二個がさっきから頭の中で戦争していて、こんな日は八つ当たりみたいに君を掻き乱せば快晴でしょう、お天気のキャスタが至極能天気に脳天気を予報するのだけれど、そもそも君が二日目で大雨だからこのザマなわけだ、参るよね。そんな日ぐらいは相手を労わって、じっと我慢の子であった……で済めば子連れ狼も安心して旅を続けられ、世の中の狼も下半身産業を潤すことはないだろう。今ものすごくあたし子宮。至急子宮ヲ支給セヨな子宮。サバトじゃないよサッフォだよ、ノンケじゃないよビアンだよ、かえるじゃないよあひるだよじゅんじゅん。あー、じゅんじゅんとにゃんにゃんしてえ。あたし三次元なんでドンマイ過ぎる。z軸<棒>一本違うだけでこの隔たりっぷりだなんて、なるほどフロイト式に良く出来ている。でも蛇で男根をメタファする、センスない学者の意見など詮ない。蛇は女でしょうが。長い舌と艶めかしい鱗と、くねる姿態と、絞め殺すところ飲み下すところ有毒なところの一切がガーリッシュだ。蛇女になら抱かれてもいいと思う。もっともあたしは常々抱く側で、どちらかと言えば、蛇に食べられそうな小動物っちい子を好む傾向にあるけれどもさ。

 とぐろを巻く要領でくだを巻いて、相棒の蛇革バッグと一緒に電車で揺られているあたしが蛇っぽいお姉様ならじゅんじゅんもおねえたま呼ばわりしてくれちゃう気がしないでもない。が、ないわ。学生時代の不名誉なあだ名シリーズが鉛筆だか煙突だかの、大切な部分の脂肪まで削ぎ落とされてしまった魅惑のガッカリボディだわ。女子女子しい丸みが皆無の体をしてるからやれ女に走るんだだの、裸見られたくないからやれタチのポジションなんだだの茶化される、身長の割に軽い体重を持っていることが辛うじて取り柄の、どこにでもいる普通のガチレズ、イッツミー。三度のメシとジョシとスシが好きですとも。厳密に言うとメシでジョシがスシ食べてるのが好き。オニオンチップスでもナンでも、指で摘んで食べる行為にはどこかしらのエロチシズムを感じる。そんな思惑に則ってディナーにナンカレーとケバブとキングフィッシャーを選んだのち、コトに及ぶ段取りでお互いカレーの匂いが漂ってて扇情し損ねた、イッツミー。あの日は……あの日はナンが食べたい気分だったのよ……。今日は……今日は君を食べたい気分なのよ……血塗れになるけどね! 生理で上げ膳されるのが男だけだと思ったら大間違いだ! こちとら女ふたりで二倍の出血大サービスっぷりなのさ! ……いや、ほんと、なくならないかな、生理。会社で急に来た時の、小物入れ持ってトイレ直行なサマが惨め過ぎる。オバサンにも妊婦にもなる当てがない以上、女である以上、当分これかよってなってたまにしんどい。男って気楽でいいなぁとはいつも考えるものの、彼らは彼らで大変なんでしょうよ、多分。例えば電車内で見知らぬ女性に触りたくなっちゃう程度にはさ。一回、通勤時にそういう出来事が我が身にもあって、あーあ、男か……とガッカリしたのがあたしなら、あたしの無乳ぶりにガッカリしたのは痴漢だった。人様の乳触っといて溜め息はないだろ溜め息は! あたしが無乳なら君は無礼でしょ、リーマン風のお兄ちゃんよ! 振り返りしなにグーで殴ったら、あたしも次の駅で事情聴取されるわ、会社遅刻したわで散々だ。一体誰が得をしたんだろうか。

 とは言え、ナニカを触らせたいならいざ知らず、触りたい心理は結構理解が働く。世の中には性器以外で性的満足を覚える人間がきっといて、そのうちのひとりがあたしで、自分がイくことより相手をイかせることにしか関心がない。だってあたしの性感帯は君だもの。感じてる時に涙が零れる仕組みとか、その顔を必死に隠そうとするいじらしい仕草とか、指に絡まる感触のざわめきとか、あたしは君のそういうどこかで感じてしまう。接触欲と性欲を等号で結ぶのは必ずしも可ではないが、あたしの場合は絶対に繋がる。濡れるもの。

 右足の親指がペニスになった女の物語を描いた小説があったけれど、時折、自分の右手の中指がペニスではないのかと思うことがある。特に今みたいに、誰かのナカへ入りたがる夜は。斜向かいの少女が伊波<イナミ>に良く似ていて、正直言ってムラムラする。他人に好きなひとの面影を見るのはままある話だが、何もこんな時に限って起こらないで欲しい。朝に弱い君の、安堵しきったまどろみが重なる。彼女が君だったら抱き締めてくちづけ、ベビードールに手をかけた件で「千鶴<チヅル>、あのね、こういうことは夜じゃないと恥ずかしいから……今夜、ね?」と戸惑い戸惑いする様子によりあたしの朝ごはんが五割増しデリシャス確定。ちなみに勢いで押し倒すと「荒白<アシロ>さん、いいですか。そもそも荒白さんの如きルーズソックスならぬルーズ下半身を持った若者が責任感のない性交渉を繰り返した挙句に出来た子供を堕胎もしくは学生であるにも関わらず未婚の母と化し世間親自分果ては産まれて来た子供にまでも辛い思いをさせて不幸がスパイラルするんです。誰もが祝福されて生まれてくる? は。寝言は寝ているうちが華ですね。それは親にとって都合のいい妄想です。ロマンスで空腹が満ちないように、全て人類は祝福されて産まれてくるわけではありません。祝福は義務です。親に課せられた義務です。ヒトの親になると言うことはですね――」。食欲も性欲も失せること必定。あたしがルーズ下半身でも君が妊娠する可能性皆無だからねとは言えない。あたしがカムして以来親から勘当されているとも言えない。そこのところ君とは意見が違っていて、祝福は自分で掴み取るものだとあたしは信じている。あたしを祝福するのは、あたしに課せられた義務だ。もう23年も自分やってるんだから、男とはどうやっても友達止まりなことも、君と喧嘩した日は世界の終わりみたいに泣いてしまうことも、トークン・ワイプのガトーショコラ抜きでは生きていけないことも、受け入れてる。開き直らないでガチレズやっていけるはずないしさ。荒白千鶴、イッツミー。

 そういうふてぶてしさは我がごとながら惚れ惚れするとして、目下の問題は、そこな伊波似の女子高生をどうするかだった。どうかするのかよと突っ込みが入ること必至だった。しかし考えてもみて欲しい。行きつけのバーのオーナー風に言うなら『想像してご覧』。この時間帯に客足少ななのは知っているが、おあつらえ向きと言わんばかりにふたりきりである。よりにもよって彼女そっくりの子が無防備に寝ていて、あたしイズ発情中。間違いが起こっても待ちガイルがサマソっても仕方がない状況に見える。……なんなのさ、サマソるって。そこの彼女もあたしもスカートなんだからサマソったらパンツ見えるって。ズボンじゃないから恥ずかしいもん! だって。それにしても寝相のいい子だ。両足揃えて膝上に掌重ねて、少し神経質そうな印象を受ける。こういう子は痴漢された場合どんなリアクションを返すんだろうか。大声を上げるよりは、無言で睨むタイプ? 案外怖くてされるがまま? 大真面目に護身具を持っているのもありかな。……痴漢した時のリアクションを想像して悪巧み顔になってる23歳の女はなしかな。なしだわ。

 いいや、あたしも寝てしまおう。バッグを抱えて目を瞑ると、お局様のお説教が陽炎として立ち昇る。あなたの指示が的確に把握出来るようになるまであと何年かかるのか、考えただけで気が重い。だったらゆるーく生きるのさ。寝て食べて笑ってリフレッシュ! 今のもやもやは、こう、必要悪だよ。

 車内の空気が動いた気がした。どうも女子高生が立ち上がったらしい。電車が緩やかに減速し、低い声で駅名が告げられる。乗り込んでくる足音があるでもなく、降車する足取りもなく、ドアが閉じて車両が元の閉鎖空間に戻ると、2+0−0=2の単純な加減に基づき高校生があたしの隣に腰掛けた。その状態遷移には納得がいかない。どうしてわざわざ横に来るの? もしかしてあたし誘われてる? うはっ、ない! ない! ……カサゴル調で言ってみるのもなしかな。なしだわ。異常に密着してるこのシチュエイションぐらいなしだわ。

「さっきから」

 ひとりで盛り上がっているあたしを刺すように、澄んだ声色は心持ち怒気を孕んでいる。あたしの耳元で彼女が射る。

「さっきから随分不躾な目で見ていますよね。苛苛するんですが。貴女もそっちのひとなんですか」

 『貴女も』と来たものだ。比較対象は誰、と問う前にあたしの腿へ掌が乗る。あれ、あたしがされる方? 何にせよくすぐったかったため身じろぎする。彼女はますます身を寄せて、掌が内股へ滑り込む。下手ではないが多分に触り慣れていない手つきは、彼女がA<アリス>ではないと知らしめる。B<ボブ>でもない第三者<キャロル>があたしと被っているらしい。ビアンを『そっちのひと』で一緒くたにするのは女性を全員『女』でまとめ上げる程度には乱暴なカテゴライズなのだけれど、ノンケっぽい女の子に痴漢されながら解説するのも間が抜けている。ここで最も無難なあたしの反応は、ずばり狸寝入りだ。……単純に女子高生から痴漢されるというレアケースを楽しみたいだけか。うん。

「寝てる、お姉さん。白を切るのも大概にしないと私と遊ぶ羽目になりますよ」

 スカートに潜った指がパンツの際を引っ掛ける。腰浮かせないと脱げないよ、と寝言でアドバイスするのを自重した。協力的過ぎるのも興醒めだろうからさ。まず彼女の目的がさっぱり分からないのが小問1なのは内緒だとして、下半身をうろつく掌をそれなりに楽しみつつ、あたしは単調なリズムで呼吸を繰り返す。これが乱れるぐらいの期待はしてみてもいいのかな。

 彼女の空いた手があたしの背中に回る。次いで押し当てられた温度が伊波に似ていたせいで、一瞬吐息が浅くなる。それが「あしろさん」と呼んで来るに至り、あたしの心臓が急激に運転し始めた。ネームプレートは確かに鞄へ入れたんだ、胸から下げっぱなしなんてヘマはしていない。社員証も財布に収まって、やはり鞄の中にある。彼女に名前を知られるはずがない。

「あしろさんはいつもそう。私に色目を使って、襲われるのを待ってたんでしょ。女の子が好きなのはとっくに知ってるんだから。他の子にバラされたら困るよね」

 自分が彼女と初対面なのは間違いない。色目を使ったのも先刻がせいぜいだ。襲われるよりは襲いたい。諸々の考察を挙げてなお、名前を知られていることとセクシュアリティをバラすという脅し文句が利いた。面白半分の空気が一変して硬化する。唇を噛んだあたしを揶揄するように、彼女はそのラインをなぞる。

「だったら私の言うことを聞いてね。ここなら誰も見てないし、ふたりだけの秘密を作ろうよ」

 舐めて、あしろさん。伊波じゃない伊波が言う。脅迫の後ろ槍がなくとも、次第に声まで似ている錯覚に陥って、あたしはダメになる。噛んだ唇を甘く開き、口腔に彼女を受け入れる。今日からあしろさんは、私の飼い猫。伊波じゃない伊波が言う。舌上で円を描く人差し指の形と味に伊波を連想する。君はこんなことを絶対にしないけど、しないから、あたしはダメになる。新しい遊びに夢中になる。

 あたしに指を舐めさせながら、不器用に、慎重に、彼女がベストのボタンを解く。あたしは知らない素振りで指に没頭する。カッターを脱がされて、スカートのホックを外され、カップ付のインナーをたくし上げられると、尖った先端を空気が撫でていった。控えめなのは態度だけじゃないんだ。嬉しそうに伊波が言う。指を濡らしたあたしの唾液を、尖りに絡ませ塗りたくる。封を失ったあたしの唇が溜め息を吐く。じわりと熱の染みた、欲情の匂いのするそれを。

「電車の中でこんな格好にされてるのに、息荒げちゃって、いやらしい」

 でも、いやらしいあしろさんも可愛いかも。嘯<ウソブ>く伊波が乳首を咥えた。背中や、腰や、剥き出しになった部分を手でさすり、一層凝り固まったあたしのそこをほぐすみたいに、滑る舌がまとわり付く。やがて雛鳥は巣立ち、けれど僅かばかりの膨らみや、ないに等しい谷間、喉元、透けた鎖骨、あたしの色々な部分に着地しては名残惜しく啄ばみする。ふたつ胸を掬い上げる優しい触り方がいかにも君めいているから、あたしは不意に呟いた。いなみって、君の名前を。途端に君の手が止まったから、不思議に思ったあたしは薄っすら瞼を上げた。驚いた様子の、伊波じゃないひとがそこにいる。……流された!? 恋人に似ている子に流されて裸<ラ>にされて愛裸ん奴か!? ……あー、テンパってるなー。こういう時は呼吸が大切だ。ほら、ヒッヒッフー……はラマーズ法だよね。ならヒウィッヒヒー……は広瀬香美だよね。よし、とにかくピンク色の雰囲気から脱出することには成功した。

「ふふ、まさかそんな偶然、あっても困ります。私、困るんです、あしろさん」

 意味深に言われたらあたしだって困る。少し可笑しそうに、少し悲しそうに笑った彼女は、着衣が乱れに乱れたあたしの膝を跨いで馬乗りになる。あまりアップになると、ピントが暈けてまた伊波に見えてくる。桃色気体が再浮遊を開始する。

「続きをしましょうか。私のことは『いなみ』でいいですよ、『荒白千鶴さん』。ああ、その顔はやっぱりそうなんですね。あの、『あしろさん』には秘密にしてもらえませんか。困るんです、お願いです、何でもしますから」

 今度は置き去りにされて孤島<アイランド>になる。荒白千鶴さんとあしろさんが別人なら、そのあしろさんはどこの誰さんなのか。あたしの思索が巡るのを邪魔していなみの顔が急接近する。そうすると反射で瞳を閉じ、煩雑に満ち溢れた唇を単純明快な要領で味わう。謎解きパズルよりボディランゲージの方が得意なあたしは、とりあえず目先の唇を楽しんで満足する。この子に入りたい欲求がふつふつと煮えるけれど、彼女が攻めたいようであるし、ここは譲り合いの精神だと手を引っ込める。

「……君に気持ちよくして欲しい気分、みたい」

 甘え声で告げる自分が何だか泣けてくる。どう考えても5歳は年下の子にネコぶりをアピールする23歳バリタチ、接頭辞のバリがバリバリ剥げ落ちる感覚を痛感中である。笑わば笑え。君に似ているという理由だけで優しくしてあげたくなる、サッカリンみたいに不健全な甘さを叱って。――なんて、これも甘えだよね。帰りついたらたくさんお腹を撫でるから、今は、許して。よし、懺悔完了! バリバリ剥げ落ちたバリが逆さに落下していくなら、それはリバだ。力こそパワーだ。弾幕はパワーだぜ。健気攻めを回し受けする程度の能力、荒白千鶴、イッツミー。うん、調子出てきた。

「頑張ります」

 緊張の面持ちでいなみが意気込む、そのフレーズがちょっと懐かしくてうっかり苦笑する。あたしも初めてはその台詞だった。頑張り過ぎてイカせ過ぎて拗ねられて怒られた。同じくらいあたしの指も蕩けた。女同士でも大丈夫だと確信したその時から、現実の色が鮮やかに塗り変わったのを覚えているんだ。

 下着と下腹部の間へ滑り込んだ指が、糸引くあたしの裂け目に触れる。あたしはいなみの背に腕を回して後ろ髪を指で梳く。あしろさんの、とろとろになってる。陶然としたいなみが呟く。実況中継禁止。案外恥ずかしいあたしが忠告する。指、入れてみたいです。お構いなしに彼女が希望して、入ってきて、この指はいつかあしろさんを愛するのだろうかと、あたしはそんなお節介を朧に思う。

 ■ 補講 ■

・点1:荒白千鶴<アシロチヅル> 23歳 OL フェムタチ
・点2:藤枝伊波<フジエダイナミ> 22歳 派遣社員 ネコ
・点3:藤枝晶<フジエダアキラ> 17歳 高校生 ノンケ
・点4:荒白歌折<アシロカオリ> 17歳 高校生 リバ

 辺は3つ、グラフの形状は、いつか、N(ラージエヌ)

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