君を否定したという過ちが、私たちの関係に最適な歪を投与して病的な糜爛が始まって始まった頃には終わってしまって終わった粘膜の崩れがもう戻らない戻れない。

【Myxomatosis】

 首輪は管理のためにある。移動の制限と主従の認知と行動の束縛、家畜を家畜足らしめるのは人為的な抑圧であり、飼育は押し並べて根源に不自由を持つ、ならば、彼女の愛情によって不自由を獲得した私の、この物理的拘束はきっと首輪だった。

 栗子の手で寝台へ移された私は、やはり彼女の手で制服を剥ぎ取られ、彼女の手と私の右手が手錠で結ばるに至って甘美な溜め息を滴らせる。私は最早栗子のモノであるから、彼女の嘲弄物となることも、首輪――それは私の腹部と股間に密着して、私の性を彼女へ完全に捧げている皮革――が着けられていることも、当然だ。キチキチ、発狂したキリギリスが喚<ワメ>く音を散らし、鍵が私の半身を解放する。その権利は私ではなく彼女へ譲渡される。彼女の道具から彼女当人へと明け渡される。

 自分で外すことの出来ない貞操帯は、その鍵も、それ自体も、それが覆う部分の手入れも栗子に委ねられている。消毒用のアルコオルをコットンに染み込ませ、肌の清拭を始める栗子の目は優しい。そもそも栗子は優しいのだ。臆病と自虐が彼女の物静かなひととなりを形成して、悲しい優しさを整形して、傾城した暗闇を育んだ。栗子は優しいのだ、しかし、裏切らなければという但し書きが記されている。「もう『やめたい』なんて言わないでね。今度は殺すから。好きだよ、痛美。好きだから一回だけは許すよ」。彼女が寛容を示すまでに、私の身体は掻き傷と噛み痕と唾液と栗子と血液と打撲と懲罰と栗子と栗子とで塗れていた。自分の中に詰め込まれた何本かのボオルペンやシャアプペンや、そういった細長いものを破瓜の血で、そしてそれ以上の蜜液で汚しながら、私はふたりの関係がとうに手遅れだったことを知る。最初から膿んでいた水泡を破ったに過ぎないことを知る。私の異常が全く治っていないことを知る。私のオカシミを、栗子に乳房を抓られても掻き毟られても嬌声をソプラノで囀った私のオカシミを、彼女が知ったことを知る。何もかもがお互いの予想と一致していた。理想と合致していた。私たちはこの世にふたつとない赤いジグソウのピイスであり、完成と同時に焼き捨てられる宿命を負った一枚画だった。今、有毒の煙を燻らせている。

 コットンは柔らかい感触を伴い這い回る。くすぐったさから身を捩って逃れようとするけれど、私は拒絶に用いる器械がひとよりふたつ程足りておらず、唯一の手<ミギテ>は栗子と繋がれ、唯一の足<ヒダリアシ>は彼女の重みがしっとりと降り注いでいた。囚われた身体には反抗の機能など何ひとつなく、栗子の繰る綿糸が私の性の部分をなぞり上げたのに対してさえ、ソコを掌で守るのも、足で隠すのも、彼女を払い除けるのも逃げるのも拒むのも、出来なくて、栗子に表情を見つめられたまま蕩けた嗚咽を聞かせるだけだった。

「かわいい」

「くりこ……あぅう……」

 指の形が何度も、何度も裂け目を確かめる。綻びている花が一層咲いていく。粘り気のある花蜜が奥底から止め処なく、汚して、元々汚い薄汚い私のソレを汚して、私自身の汚さを表現しているように感じられる。私は汚いのだ。栗子は私の一番の汚さすら、彼女を想ってする浅ましい指遊びの様子すら、全部知っている。だって、させられた。栗子の見ている前でさせられた。どんなことを想像してするのか、言葉にさせられて、鏡越しに、蔑んだ眼で見られて、私の大好きな眼で、観察されて、何回達しても、やめてもらえなくて、最後は栗子が私の手を使って、無理やりさせられた。本当に、させられた? 口蹄疫みたいに涎を垂れ流して喘いでいたのは私じゃないか。今だって口の中に唾液が溢れている。眼の潤みと身体の痙攣は、まるで何かの病気だ。病気だ。病気なんだ。視線の先の栗子の眼は慈しみを湛えているのに、私はそんな眼の彼女を愛しているはずなのに、私を悦ばせるのはいつも違う眼で、その視線に包まれて溺れる。裸になる。隷属する。もっと堕として欲しくなる。自分で右足を切り堕としたように、左手を削ぎ堕としたように、残った二肢も皮脂も腰も髪<クシ>も意思も死屍に、君が死タラ、死アワセ、なんて、こんな妄想でイきそうになる私は病気なんだ。治らないんだ。アナウサギを大量虐殺した病気みたいに、一生、治らないんだ。

「好き、くりこ、すきぃ……」

「うん。私も」

 鎖の絡んだ手を組み合わせ、唇同士を交わらせ、私は怯えを誤魔化す。栗子を肯定しても否定しても、私は死んでしまうから、キモチヨサを貪って頭を真っ白にして一切考えない考えたくないやめてヤメテやめて病める。舌が噛まれる。もっと強く噛んでくれればいいのにと思う。君を怒らせる舌は、噛み千切られていいのにと思う。私の告げた台詞が、『いっしょにいるの、やめたい』が、君との安全な距離をリセットした。手錠の似合う距離にした。私はどちらの距離が欲しかったんだろう。もう、思い出せない。

「目を開けて」

 顔を離した栗子が、行動を指示する。瞼を上げると溜まった涙が零れ伝った。嬉しいのか悲しいのか、もう、わからない。いずれにせよそれは栗子によって舐め取られた。私の雫を啜ったあと、彼女は手にしたものを翳してみせる。私の性器を拭っていた綿が、表面に薄い染みと透明な濁りを浮かべている。開閉されれば糸を引いた。

「綺麗にしてあげてる最中に、どうしてまた汚すの?」

「ご、ごめんなさい……」

「いやらしい。痛美はいやらしいから躾が必要なんだ。そうでしょ?」

 彼女が眼を細める前で、私は二度三度と頷く。そうるすると優しく微笑んでくれる。頬をそっと撫でて、唇の輪郭をなぞって、首に、手が、降りて、一瞬無表情になって、私の呼吸を止める。指が、僅かに、力を篭めて、私の心臓を止める。――放された。私は自分の股の間がどろりとした体液で再び汚れるのを感じた。

「いい子になろうね。いい子に、してあげるね」

 私が首を横に振ったなら、先刻の手は最期まで連れて行ってくれたろうか。考えないようにする。都合良く栗子のひとさし指が唇をつついたから、口に含む。上目遣いに憐れみを乞い、彼女へ奉仕する従順な獣を装う。私の行ないは果たして栗子を喜ばせる。

 不意に、彼女の爪が舌を掻いた。痛みは唾液と性感を生む。ザリ。ザリ、ザリ。発情した私は口を半開きにして、浅い呼吸を始める。その口内に彼女の親指が潜る。私の舌はふたつの爪に引き摺り出されて、私は犬だった。飼い主に遊んでもらうことを歓喜する犬だった。私の息が煩い。動物の息が耳に障る。栗子の眼に、そんな私はどう映っているのだろう。見下ろしている。見下している。彼女の顔が真上にある。やがて唇の隙間から、彼女の唾液が、蜘蛛の糸が降りて来た。私の舌に落ちると、とろとろと蛇行したのち、喉の奥まで這って行った。通った跡が甘く痺れた。キスで享受した同じ水が、飲まされ方の違いだけでこんなにも私をおかしくする。私は気が違えているんだ。

「……っ、けほっ! えっ、はっ、は……はぁ……」

 咳き込んだのは、私の意を解さない偶然の反射だった。呼吸を整えた私は、慌てて栗子の顔色を窺う。墨色の、冷たい石が、詰めた意志と、見据えている。逆らったね。瞳がそう述べた。

「ちがっ、栗子、私」

 皆まで言わせず、金属の輪が乱暴に私を引き起こした。栗子の胸に収まる。右の手首が傷ついて、赤い懺悔を垂れ流している。それは二人を繋ぐ鎖へ滴り、暗喩に見えた。私の力ではどうにも出来ないアカイイト。少しの時間だけ眺めていた。ほんの、少し。すぐに私はうつ伏せの状態で組み敷かれ、右手は後ろに回される。肩も手首も軋んで悲鳴を上げる。罪人の姿勢だ。そうして罪人は、罰されると決まっている。栗子の唇が、耳の裏に近づく。そろりとしたひと舐めがあって私の背中は総毛立つ。

「『死ぬ?』」

「ひっ……やぁぁっ!」

 指が入ってきた。爪を立てながら傷を描きながら私の中へナカへ膣へ、お腹へ、内臓を、血が、痛い、痛いよ、腫瘍、水膨れ、弾けて、痙攣、唾液。私は枕を唾液で汚す。舌を縺れさせて、ワケのわからない音を喚き散らし、栗子の爪でザリザリ鳴って、ザリザリ、気持ちよくザリザリ鳴って、傷ついていく。涙や唾液や血や性液が、粘膜を濡らすけれど、そんなものは狂おしい苦痛の只中においては無力で、私を病気の姿にするだけだ。

「ごめ、にゃ、さい……ゆるし」

「煩い」

「っ! い、たいぃ……」

 私の小さな尖りが、押し潰された。引き絞られる。万力に捩じ切られるのをイメエジする。ソコも、ナカも、ドコモカシコモ、栗子の愛<バツ>を刻まれていく。もうきっと、膿み続けて、治りようがない。たくさん零れていく。私がどんどん零れていく。ザリザリ零れて止まらない。換わりに腐敗した多幸感が充ちる。欠損することで私は充たされていく、でも、栗子は? こんなのは、おかしいのに、私が病気のせいで、栗子もいっしょに壊れていく。ふたりで死合わせになっていく。私、シアワセだよ、栗子。

「いっしょに死のうね」

 栗子の囁きが私の鼓膜を撫ぜたのを皮切りに、傷だらけの性器を泣かせて震わせて、粘膜を崩れさせて私はイって何度も泣いて震えてもう戻らない戻れない。

 ■ ■ ■

「沁みる?」

「ちょっと」

「……ごめんね」

 私の濡れ髪を撫で付けつつ、栗子が謝罪を口にする。普段の彼女はいい子なのだ。こうやって、湯船の中、君の膝に乗せられて抱きしめられていると、私は全部が私の歪んだ想像の産物に感ぜられるのだけれど、手首にはクレセントの徴<シルシ>が間違いなく残されており、女性の部分には擦過の疼きがある。君は、君が乱暴に扱った体を風呂に連れて行ってからは、いつも、優しく綺麗にしてくれる。大切な宝石へする風に丁寧な磨き方をしてくれる。私は愚かにも君の許しを信じて、そうして、また断罪される、マッチポンプめいた関係性に浸っている。抜け出すことの叶わない泥沼にゆっくりと沈み、いつか、窒息して死ぬんだ。今、どのくらい飲み込まれているの?

「嫌いに、ならないで。側にいて欲しいの。私には痛美しかいないから……大好きだから……」

「私も君しかいないよ」

 本当に、私を理解してくれたのは君だけだった、なら、私たちふたりは死ぬ以外にどんな幸福を探せばいいんだろう。アポトオシスは滅びる運命を義務付ける。私の、この、ミクソマトシスも、治らない治らない治らなくていいよ。「君のことが好き」。呟きみたいに言おうとしたのに、こんなにもうまくしゃべれないのはなぜ?

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