【ゆうびんやさん/ラブレタキャリア】

「海老姉。これ、渡してくれって頼まれてんだけど」

 大広が差し出したのは、一通の封筒だった。藍色の便箋がピンクのハートマークでもって封書されている。ハートマークはシールで、その下には更に別のラベルが貼ってあった。『海老ちゃんへ』という宛て先のおかげで、差出人は容易に特定できる。

「……保崎は他に何か言ってた?」

 封筒を矯めつ眇めつ、大広に問う。色濃い紙質のせいで、中に入っているものが手紙と推すのがせいぜいだった。

「えっと、図書委員が終わってから渡せって言われたぐらいか? 保崎さんのことだし、なんか意味あんのかな」

 大広の考えはおそらく正しい。わざわざ大広を介して私へ手紙を出すのには理由があるはずだ。けれどそれが何なのか、私たちには分からなかった。嘘だ。私は多分、その意味に勘付いている。休み時間の一件についての、保崎なりのアクションなのであろう。あれこれ悩むよりも読んでしまった方が早い。

「ありがとう大広。鍵は私が返しておくわね」

 受付カウンターに置いた鍵を拾おうとすると、先に大広の手が伸びていた。私の手は空を掴む。

「そんなの海老姉に悪ぃよ。もともと俺と優が当番だろ? だから、最後は俺にやらせてくれよ」

 大広が申し訳なさそうに笑う。大広の言う通り、今日は三組が図書館の仕事をする日だった。迫谷の代わりに私が従事しているのは、直接彼女に頼まれたからで――思考はそこで止まる。まさか、迫谷も保崎に協力している?

「なら任せようかしら。ごめんね、それとお疲れ様。きっとこの手紙は保崎の呼び出しだと思うから、先に行くわ」

「おう。また明日!」

 大広は笑顔と手のひらで送り出してくれたが、私の笑顔は歪んでいなかったか。歩む足は自然に速くなる。駆けないのは校則遵守なのと、手紙を読むためだ。シールを剥がして中を見る。私の身構えに反して簡潔な文章が書かれていた。

『体育館で待ってるね。なわとびしようよ』

「なわとび……?」

 二文目が意味不明である。もしかすると何かの比喩かも知れないが、問い質せば済むことだ。それに保崎から誘ってくれたのは手っ取り早い。私と小西の関係へ余計な口を挟む前に、忠告ができる。

 指定された場所に足を向けながら、ふと、なぜ体育館なのだろうと思った。保崎が本気でなわとびをする気なら、落ち合うにはうってつけだ。しかしなわとびに関しては冗談だと考えるのが妥当である。

 体育館。今は放課後だから、どこかの部が使用しているに違いない。それは少なくともバレー部以外だ。部活がないからこそ私は迫谷の申し出を聞いた。逆に陸上部が体育館を使っている? 考えにくい。吹奏楽部はどうか。もっとありえない。体育館で演奏が催される行事は当分ないし、何より大広が私といっしょにいた。吹奏楽部も休みでないとおかしい。

 考えれば考えるほど分からなくなる。私は思考を切り捨て手紙を仕舞った。外へ続く扉を開ける。渡り廊下の先を見れば、保崎が人懐っこい笑みを浮かべていた。背後の体育館はやけに静かで、つまりどの部も使用していないことを暗に教える。

「あ、海老ちゃん。いらっしゃい」

 保崎の声が届く程度に辺りは閑散としている。私は彼女へ歩み寄り、その顔を見つめた。

「手紙は読んだわ。なわとびって何のことよ」

「海老ちゃん、なわとび知らないの?」

 小首を傾げてみせる保崎。私はからかわれるために来たのか。軽く彼女を睨むものの、涼しい顔でいなされた。

「あはは、そんなに怒らないで。あたしがなわとびしようって言ったのは本当だよ。大波小波、おじょうさん、郵便屋さん……長縄って色んな遊び方があるよね。今日やる遊びはそういうのと少し違うけど、海老ちゃんも楽しめると思うな」

 保崎の真意は見えないが、私となわとびをするのは確からしい。返答に困っていると、保崎が動いた。

「ルール説明をしながら会場に行こうか」

 踵を反して体育館へ入る。私も黙って続いた。下足所で上履きを脱ぎ、違和感を覚える。体育館の鍵をどうやって借りたのか。そんな私に構わず、保崎がルールとやらを述べる。

「先になわとびで遊んでる子がいるの。その子は目隠しをして跳んでるから、上手に入っていっしょに跳んで欲しいな」

「……なんで目隠し?」

「そういう遊びなの」

 さらりと答える保崎の声が、がらんどうの体育館に染みて消えた。誰もいない。縄の音も聞こえない。訝る私を無視して進む保崎に、付き従うしかなかった。

「もちろん海老ちゃんの考えてる通り、ただのなわとびじゃないよ。今言ったルールのこと、よく吟味してね。ポイントは」

 彼女が言葉を切る。足も止まる。場所は体育準備室の前。ボールや跳び箱などの室内用備品が収納されているそこは、スライド式の扉で塞がっている。保崎は足元に落ちている長縄を拾い、ドアの取っ手へ手をかけた。

「相手の子に、海老ちゃんだって気づかれないこと」

 どういう意味よ。私の問いかけはドアが鳴らす音で掻き消される。黴っぽい独特の匂いが鼻を掠め、次いで視界が開けた。

 白い花が咲いていた。

「やぁ……も、やだぁ! んっ! ぁあっ」

 壁の花。真っ白な一輪に寄り添って、誰かが水をあげている。ぺちゅっ、と湿った音がする。花の艶声が水音を隠す。水をあげているのが誰かなんて、考えることもできなかった。足下に用意された、舞台みたいな踏み台。靴下を脱いで、裸足。スカートの変わりに晒された、白いショーツと腿。両胸の微かなふくらみと先端のつぼみと、腋のくぼみと、二の腕と首筋と唇と頬と。目隠し、と。ショートヘアを裸体ごと震わせて、両手を掲げて――小西が吊るされていた。

 言葉につまる。見入る。一度だけ想像してしまった映像。彼女の肌。部室で何度も見ているけれど、だからこそ鮮明に想像することのできた裸体が、目の前にある。私の心臓がざわつく。『あれ』が私をそそのかそうとする。

「あきちゃん、『なわとび』は楽しんでくれてる? 恥ずかしいことされる辛さとかもどかしさ、分かってくれたよね。だけど優ちゃん以外にもあきちゃんへお仕置きしたい子がいて……混ざりたいんだって。いいよね」

 小西の体が跳ねる。そうすると肌が煌めいた。蛞蝓の通り道が光るのと理屈は同じだ。彼女の全身は液体にまみれている。おそらく迫谷の唾液で。うずくまった迫谷がこちらを見ている。虚ろな瞳。その手は後ろに回り、まるで拘束されているようだった。背後から伸びるなわとびの柄が、私に隠れた部分を連想させる。小西を括る縄もなわとびである以上、同一の可能性は高い。

「いやぁ! いっちゃん許して。ゆるしてよぉ」

「だーめ。あきちゃんにはしっかり反省してもらわないとね。さ、優ちゃんも続けて」

 迫谷が力なく頷く。小西のお腹へ顔をうずめ、横方向に舐めていった。小西が切なげに鳴く。身をくねらせても迫谷が追い縋る。やめて。私以外のひとが小西にそんなことしないで。私以外? 何を考えているんだ。私だってそんなことをしようとは思わない。小西の柔らかいお腹が新しい輝きに染まる。迫谷の舌。やめて。そこも、どこも、かしこも、小西は私の――っ!?

 やめる。考えるのをやめる。『あれ』がうるさい。黙って、お願い。とにかく小西を助けよう。馬鹿げた行為をやめさせる。やめて。

「アドバイス」

 保崎が囁く。私を後ろから抱き締め、耳に小声を送り込む。振り解こうとして、ようやく気づいた。私は後ろ手に固められている。きっと、さっきの縄で雁字搦めにされている。

「多分あなたはその状態でも、この状況を脱出できるよ。そこで問題一。『置き去りにされたあきちゃんはどうなるでしょうか?』。まだあたしは手を出してないけど、あなたのいない間に色々しちゃうかも。……ふふ、怖い目。あたしを体当たりか何かで気絶させてみる? そうした場合、問題二。『あなたの名前を知られずに、あきちゃんを解放できるでしょうか?』。あなたが彼女の目隠しを取れば、顔を見られるよ。自分で取れと言えば声を聞かれる。あきちゃんがあなたに裸を見られたのを知ったら、どう思うのかな。他の手段を取っても問題は山積み。だから、ね? 『なわとびしようよ』」

 保崎が示唆した条件を仔細に検証する。無理だ。小西の喘ぎが思考を妨害する。私の『あれ』をそそのかす。保崎は私の横に並び、片手で腰を抱いた。静かに前へ出る。私も前へ出る。小西へ近づく。声が近づく。迫谷の舐め音が大きくなる。『あれ』が大きくなる。小西も不自然に大きい。

 彼女の背が高いのは、踏み台があるからなんだなとぼんやり思った。

「よーい、スタート」

「っ」

 保崎が私の頭を押した。軽くだった。私の唇はあっけなく小西の頬へ密着する。柔らかな彼女の頬へと吸い付く。

「ふぁぁんっ」

 超至近で聞かされる、艶かしい悲鳴。思わず目を瞑った。いけないことだと分かっているのに、腰が抜けそうになる。保崎が私を支えて操作する。私の唇は小西から離れ、くっつき、離れ、くっつく。強制されたキス。そうだ、私が悪いんじゃない。保崎にやらされて仕方なくやっているんだ。他意はない。他意はないのだ、本当に。何度も口づける。気持ちがどろどろに溶けてカラメルソースを作る。小西は甘い音色を奏でる。その旋律が流れ出る場所へ――キスしたいと思った。唇を次第に移動させる。核心へ近づける。

「だめぇ。そこは、みゃーこのなの……ぅんっ!」

 そう、私のだったの。なんだ、もっと早くしてれば良かったのね。小西の唇を塞いだままで私は結論に達する。私の小西。かわいい私の恋人。唇の感触が実感となる。もっと。もっと欲しい。

「ゃ……ん、くぅん……」

 小西の声が鼻を抜け、私の内部に滲んでいく。夢中になって楽しんだ。彼女の音、感触、味。いつしか私の舌は小西のナカに潜っていた。小西自身のそれを探す。すぐに見つかった。そうして彼女と睦みあう。むしろ小西の方から積極的に絡ませてくるように感じられた。我慢できなくて腕を回す。小西を包み込んで放さない。

「他にもしたいこと、いっぱいあったんだよね?」

 保崎の声が遠い。しかし彼女は正しかった。キスだけじゃ足りない。小西の全部が欲しかった。私の『あれ』。アンタを特別な意味で抱きたいという感情。もう留め置くことさえ忘れて、衝動に身を任せようとする。

「いい、よ? みゃーこがしたいこと、して」

 小西がためらいがちに、けれどはっきり言った。私を許容した。私は彼女をいっそうきつく抱く。小さな体は私の腕にすっぽり収まって、かすかに震えていた。

「あきらのせいでみゃーこが辛そうなの、やだから……ちゃんとあきらにぶつけてよ。それに、あきらだってみゃーこと、えっと、そゆことしたいしぃ。あ、言っちゃってる! いっちゃんごめん!」

 小西が保崎へ謝る。意味が分からない。何の話だろうか。

「んー、あたしのことはお構いなくー。あとは海老ちゃんとふたりで相談してね。さ、帰ろっか優ちゃん。何ならあたしと遊んでいく?」

 保崎の声が遠い。意味が分からない。だって彼女は私の体を操っているはずだ。

「そうそう、海老ちゃんにひとつ問題。『海老ちゃんの手は何本でしょうか?』」

「二本に決まってるわ、そんなの。――っ!」

 つまり小西を抱いている私の腕は、縛られてなどいなかった。慌てて目を開ける。真っ赤な顔をした小西と視線が一致した。ますます混乱する。なにかが足りない。

「え、目隠し、え?」

「海老ちゃんが気分出してる間に、あたしが取っちゃったよ。もうちょっと焦らしても良かったけど、悪趣味かなーと思って。優ちゃんもそう思うよね?」

 返事はない。首だけで顧みると、他のふたりは入り口付近に移動していた。保崎は迫谷を横目に見ており、迫谷の視線は私たちへ向けられている。緩い握りこぶしを口元に添え、固唾を呑んでいる最中だった。

「優ちゃん?」

「えぇっ!? ななななぁに一花ちゃん!」

 諸手を振って動揺する迫谷。そんな彼女を前にして、保崎は悪戯っぽく微笑んだ。

「もしかして中てられちゃった?」

「ううん、ないない! そんなことないよっ」

「そっか。困ったらいつでもあたしに言ってね。慰めてあ」

「し、知らない! 一花ちゃんのえっち!」

 言うや否や、迫谷が引き戸を開ける。健全な空気が流れ込む。彼女はその中へ飛び込んで、たちどころに去ってしまった。

「保崎、アンタ……」

「邪魔?」

「ちがっ」

「とりあえずあきちゃんのこと――放しちゃダメだよ」

 私の肩が跳ねる。そうだ。私は今、小西を抱擁している。ほぼ全裸の小西を、だ。恐る恐る首を動かすと、先ほどより染め色の濃い、太陽みたいな頬に出迎えられた。瞳は星のように瞬き、月のように濡れている。放さないといけないのに、放したくない。放せない。

「みゃーこ、あったかい」

 小西が照れ笑いするのに釣られて、私まで熱が灯っていく。いや、既に焦げそうな温度を有している。

「余計なお節介をしたとは思ってないよ。友達が悩んでるのを助けるのは当たり前だしね。あたしのやり方なのは許してくれると嬉しいな。それじゃ、ごゆっくりー」

 多分保崎はいつもの笑顔で、ひらひらと手を振り、出て行った。扉が閉ざされる。薄暗がりで私たちはふたりっきりになる。沈黙が気まずい。私から望んでキスしたことを、小西は不愉快に思っているだろうか。私の『あれ』は悟られていないか。私の、私は、小西は?

「小西……あの、ね」

「みゃーこ!」

 小西の大声が私を脅かす。彼女は睨みつける目つきをしたあと、破顔した。

「ちょー言いにくいんだけど、なわとび解いてくれない? ずーっとこのままだから、結構しんどいかも」

「わかったわ」

 私も苦笑する。頭上の拘束に手をかけ、まずは結び目を見た。異常に凝った縺れ方をしており、一瞬たじろぐ。しかし好き勝手に結ばった縄の一箇所に、『ここを引っ張って』と書かれたタグが付いてた。半信半疑に従うと、容易く小西の手が自由になる。少し驚いた。

「いてて。みゃーこありがとね。次は目を閉じる!」

「えっと、こうかしら」

 小西の良く分からない勢いに促され、私は瞼を下ろす。彼女の手が私の背を引き寄せ――唇がもう一度恋人と出会う。固まる私を知ってか知らずか、一回、二回、三回。私が数えられなくなるのは存外早く、体が弛緩するのも時間の問題だった。崩れる私を彼女が支える。けれどそんなにもたなくて、私は体操マットへそっと寝かされた。頬に中途半端な柔らかさが当たる。顔が汚れそうだ。そんな思索にふけいる暇を、小西は与えなかった。変わりに私の後ろ髪を上げ、うなじへ唇を這わせる。

「ぁっ! 小西、ちょっと」

「やっぱりみゃーこがしたい? でも今はあきらの方が冷静だし……あきらがしてあげる」

「この子は……何言ってるのよ。するのしないのって、こ、こら」

 首の後ろで音が滴る。僅かに露出した私の太腿を、小西の手が撫で回す。私はマットを掻いた。掴みどころのない平面を滑り、私の指はグーを象る。震える。息が止まる。心臓は、喧しいくらい騒いでいる。

「ほんとにわかんない? こんなにしたいって思ってるのは、あきらだけ?」

 握った手に重なる、一回り小さな手のひら。私の手の甲を小西がなぞる。あやす手つき。愛撫する手つき。腕伝いに快感が踊る。指の力が失われ、ため息が零れる。

「あきら、みゃーことえっちしたいな」

 耳の裏に甘い言の葉が沁みた。私の決意が揺らぐ。私はアンタを守る立場で、そんなことをしてはいけないのに。のしかかったアンタの体重さえ心地いい。

「だめよ。だめ、だからぁ……」

「まだ嘘つくんだ。もー知らない。みゃーこのこと……素直にさせちゃうね」

 小西は勘違いしている。アンタを守りたい気持ちも、アンタを愛したい気持ちも、両方私なの。だからってアンタのためには、守り続けるためには、澱んだ愛情じゃいけないから。ちゃんとアンタのこと大事にしたいから、それで――。

「ねえみゃーこ。好きな子に触れたいってあきらの気持ち、間違ってる? あきらはみゃーこに抱き締められたら、いっつもどきどきして、幸せな気分になるよ。それってあきらばっかり? みゃーこは、あきらとくっつくのキライ?」

 メッキが削げていく。捲られた上着から覗く背中と、腿の内側と、私の本音が剥き出しになって撫でられる。小西とふれあうのが嫌いだなんて、一生ありえない感情だ。

「すきよ。アンタのことがだいすき。大事にしたいの。ずっと守ってあげたくて……ふぁ」

「ブー。答えになってませーん。みゃーこがあきらを好きなことなんて、あきらはきっちりごぞんじなんですー。今聞いてるのは、こんなことイヤかって質問ですー」

 指が『こんなこと』の意味を教える。秘密の場所をショーツ越しに引っ掻く。股を閉じても小西の指が止まらない。声が、止まらない。

「あ、あー」

「こーやってカリカリされるの、やめて欲しい? キライ? やめよっか。みゃーこが本気でヤだったら、やめてあげるぅ」

 私は答えない。壊れたみたいに声を垂れ流す。私が感じている証明を行う。小西の指が描くラインは、次第に長く、深くなる。私の恥ずかしい部分が一息に抉られ、数瞬の休憩ののち、また愛される。身も心も決壊する。小西の指一本でいっぱいになる。私の涙がショーツを汚している感覚。言い逃れ、できない。小西はズルい。

「やめないで……し、して」

 途端、小西は手を休めた。指は依然当たったままで、私は自分から腰をくねらせる。彼女の指に私の『あれ』を擦り付ける。全然ダメだった。自分でするのと小西にされるのは、別の事柄だ。

「わぁ、みゃーこったらエローい。あきらに一生懸命腰振ってるぅ」

「だって、アンタがやめるから」

「ふぅん、そーいうことゆうんだ。ちゃんとおねだりできなかったくせに、みゃーこってワガママ」

 小西に苛められて、目から意味の分からない水が溢れた。おねだりしないと。小西に可愛がってもらいたい。だけど、どうすればおねだりなんだろうか。私はやり方を知らなくて、ただ必死に腰を動かすしかできない。

「しょうがないか。それに、あんまりイジワルばっかりはかわいそうだもんね。だから一個だけ。みゃーこが今、ほんとにあきらとしたいことは……なに?」

 『あれ』を言えばいいみたいだ。戸惑う。似たようなことを言ったけれど、直接口にしたら、何もかも壊れてしまう。私は酷く臆病になる。

 見かねた小西が離れた。不出来な私を嫌った。私はすぐに自分を叱った。小西が私を嫌うわけがなかった。私を仰向けにして、覆い被さって、目を見つめて。小西の気持ちは全部瞳に映されていた。

「あきら、みゃーこの口から聞きたいよ」

 言おう。私の決心を長いキスが妨げる。違う、応援する。時間が空いて、酸素が足りなくなって、鼓動が逸って。それでも、私の気持ちは全部言葉に乗った。

「小西に抱いて欲しいの。気持ちよくして。え、エッチなことして。アンタの恋人に、んんっ」

 皆まで言うことはなかった。また塞がる。小西ががむしゃらに私を抱き、滅茶苦茶なキスの雨を降らす。

「みゃーこ! みゃーこ大好き! あきらがんばる。いっぱいいっぱいみゃーこのこと、感じさせちゃうから!」

 私も必死だが、なんだか小西も必死だ。ふたりでいっしょうけんめいに、言葉と体のあや取りを楽しむ。いや、保崎風に言うなら――なわとびだ。いっしょに飛ぶための、転ばないための営み。そう考えると余裕が出てきた。ふたりともそれほど違わない。リードしているアンタだって……ドキドキしてるでしょ?

「あっ!? みゃ、みゃーこ?」

 小西の体を抱きすくめ、片手でお尻の丸みを確かめる。反撃は予想していなかったのか、小西が目を瞬かせる。

「ひとつ訂正するわ。いっしょに気持ちよくなりましょ?」

 微笑みとともに私は告げた。笑えた。きっと今の私は、心から笑っている。優しく笑えている。瓶詰めされた私の『あれ』を、私の心に溶かす。好きな子に触れたい――シンプルな考えを肯定してくれたのは、誰でもない小西自身だったから。悩む必要なんてない。

「え、でもねー、みゃーこは見た目は大人、心は子供、ひゃぁ」

「あら、そうなの。小西のココは大人? 子供?」

 小西の真似をして、彼女の女の子をくすぐった。幾ら着替えの場が同じでも、こんな場所まで視認はしていない。小西の柔らかい亀裂は、可愛らしい見た目だと想像する。指で形を探り続けると、小西はどんどん脱力する。

「みゃ、こぉ。触り方、優しいけど、えっち……」

「威勢がいいのは最初だけかしら。ほら、小西も頑張って」

「うん、あきらもするぅ」

「こら、アンタはもっと優しく、あんっ!」

 重なった体の間にお互いの腕を挟んで、特別なくすぐり合いを楽しむ。濡れた吐息と湿った衣擦れと、リズムを合わせる二個の心臓<ハート>がある。静かなこの場所でいっしょに歌う。唇同士繋がって、指で愛を相互補完して、リンクして、ひとつになって。頭が白く白く染まる。幸福が視界を塗りつぶしても、アンタの想いとアンタへの想いは、ちゃんと残ってる。

 言葉はそんなに要らなかった。確認の必要もなかった。小西も私も上手に、ふたりでいっしょに跳んだ。息を整えてから、同じタイミングで眼を開けて、照れて、笑いあった。

 ■ ■ ■

 すっかり暗くなってしまった。私も小西も制服を着て、妙にパリパリする肌を複雑に思いながら、また始めそうになるのを堪えて準備室を出た。

 保崎が満面に笑みを湛えていた。

「ふたりともすごかったねー。聞いてるあたしまで感じちゃったよ。あれ? 海老ちゃんどうしたの? 技の名前がわかんないけど、とりあえずあたしを放してあげたら? かなりマズい感じだよ。なんかビキビキ言ってるしー」

「小西。なわとび持ってきなさい」

 保崎を手加減なしで固めて、小西へ指示を出す。すぐに手渡されたそれを使って、丁重に固結びした。

「もしかして遊び足りないのかな。もう遅いから別の日にしようよ。今度はあたしの恋人も混ぜて――えーっと、あたし縛るの上手だからって、縄抜けはそんなに上手じゃないよー。あ、帰るの? ふたりの荷物とお土産のなわとびと、ファブリーズがそこに」

「小西。行くわよ」

 小西の手を握って、私は荷物だけを持ち上げた。保崎が「海老ちゃん、もしもーし」と声をかけてくる。お礼を言うのは明日にしておこう。今日は保崎にも、お仕置き。

「みゃーこ、いいの? いっちゃん帰れないじゃん」

「保崎なら何とかするでしょ。保崎だし」

 確証は半分程度だったが、黙殺した。全部保崎の思い通りに行くのは悔しいから、なんて子供っぽい理屈を抱いたまま、私は小西と体育館を後にした。バレー部名義で借りていたらしい鍵をしっかりと掛け、職員室に返す。私たちも帰る。ふたりで手を繋いで、並んで帰るんだ。

 □ ■ □

 足音が去ったので、縄を切った。ナイフの鞘を拾い上げ、ポケットに収める。ここまでは予定通りだから問題ない。あたしは置き去りにされた道具を鞄に入れる。そうしてこれからのことを考えた。あたしではなく、彼女のことを。「ふたりのためなら」と気前よく協力してくれた優ちゃんのことを。

「ヒロくんよりは適任だったけど……良くない影響が出るかも知れないよね。優ちゃん、かなり食い入って見てたし」

 まあ、あたしの出る幕と出ない幕があるよね。ひとりごちる。間違いが起こったらその後に手を貸すとして、次に考えるのはつっちゃんのことだった。中てられたのは何も優ちゃんだけではない。見張りと事後処理の役割で残っていたとは言え、聞こえる音に心は揺れた。

「もらわれなかったなわとび、全部つっちゃんに使おうかな。でもつっちゃんはこの前すごく怒ってたもんね。あたしが自縛した方がいいかな……んー……」

 人の恋路に手を出した癖、自分の行き先には、少し悩む。

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