【桜色ETUDE】

 下着を脱ぎ下ろす動作が固まった。前屈みの私の目線は、立ち尽くす彼女のそれと丁度高さが合う。サファイアみたいな二つの瞳で、クリスちゃんが私を見つめている。青の中には驚きの色が交ざっている。見られていることを理解するのに若干の時間を必要としたから、慌てて胸を隠すのも事遅くて、彼女も今更のように顔を逸らしたあと、横目でこちらを伺った。咳払いひとつ。

「ブン。ワタシも一緒に入る」

 ちらりちらり、目配せが私と床を行ったり来たりする。胸を覆う腕に力が入るくらい気恥ずかしい私へ対して、彼女は彼女で僅かに頬染め、それなのに宣言は強い調子だった。言葉の率直な意味内容が、頭の中のトラックを一周二周、何度も駆け回り、ゴールテープを切った頃には自分が走者だった風な、酷い動悸。

「……え? クリスちゃん、なんで、急に。……その……わ、私……」

 困る。口篭っている間に彼女は側へ来て、もう制服を脱ぎ始めている。彼女らしい有言実行が、私の同意をおいてけぼりにする。

「つべこべ言わない! きょ、今日はそういう気分! それともワタシとは嫌!?」

「嫌、じゃないよ……でも……」

 彼女へ嫌とか、嫌いとか言いたくないから、とっさの否定を口頭に昇らせる一方で、言われたことに僅かな引っ掛かりを覚える。『ワタシとは』? クリスちゃんに限らず、私は誰とだって肌を晒し合うのが苦手だし、その理由も話し辛い。……ふと、そんな私の事情を最近、友達へ打ち明けたのを思い出した。そういえば私、未来ちゃんと一緒にお風呂、入ったんだっけ。もしかして未来ちゃんがクリスちゃんに全部話した? それだとクリスちゃんが入りたがるはずはないし、第一、未来ちゃんは私の変な癖を吹聴したりしないと思う。本当に単なる気分なのかな。隣のクリスちゃんは黙々と脱いでいる。頭ひとつ分下で、金色が柔らかく揺れる。彼女の髪はそれ自体の生命で輝きを放っている気がする。光が真っ白な肩に流れて、きらきら、綺麗。鎖骨のくぼみに掛かった髪へ魅入っていると、視線が熱を帯び過ぎていたのか、クリスちゃんは睨むように見返してきた。

「ブン! いつまでそんな格好でいる気? ぼうっとしないで」

「あ、うん……ご、ごめんね……」

 咎められてみれば、下着一枚で立ちっ放しの私は随分みっともなかった。お構いなしに浴室へ消える彼女。その後ろを就いて行くのが私の常だから、躊躇にも似た布を脱ぎ去り、曇りガラスに映る影を追った。

 薄っすらとした湯煙は、腰掛けた彼女の素肌を暈すには力不足で、私はなるべく目を遣らないために、彼女へ背を向けて椅子に座る。どうにも落ち着かないから頭にお湯を掛けて、その熱さで平静を取り戻した気になる、錯覚。所在がなくてシャンプーをする。指に引っ掛かる自分の髪が、指先に等身大の私を教える。色も、煌きも、質感も、クリスちゃんとは違う。女の子らしさが、髪にも、背にも、表情にも、足りていないと思うから、綺麗な子を意図せず見てしまう。きっとクリスちゃんの裸だって、すごく見てしまう。気付かれたら嫌われる。やっぱり一緒にお風呂なんてやめておけば良かったと、先に立たない後悔を、指先で解そうと努める。

「ブンは、その、ミクと――ハダカノツキアイをしたの?」

 独り言みたいに彼女が言う。未来ちゃんの名前が出てきて、私は安堵と困惑を同時に得る。未来ちゃんはクリスちゃんへ、どんな風に話したんだろう。『この前文世とお風呂に入ったよ! 羨ましいでしょクリス〜』。……なんだかクリスちゃんがからかわれてる絵しか浮かばなかった。未来ちゃんだし、冗談っぽい話で済ませてるよね。それに、一緒にお風呂に入った相手が未来ちゃんだったら、クリスちゃんにもおふざけみたいな感じだったってこと、分かってもらえると思う。

「えっと……う、うん」

 カラ、と乾いた音がした。薄目で顧みると、取り落としたのか蹴ったのか、手桶がタイルの上に転がっている。クリスちゃんはボディソープに包まれていたから、単に手が滑ったみたいだ。私は頭に泡を載せたまま、何気なくそれを拾いに行く。彼女の体をさっと流して、ついでに自分の頭もすすいだ。手桶を返そうとすると、クリスちゃんは真っ赤な顔をしている。何か言いたそうな唇が、ゆっくり開かれた。

「アナタがそんな人だったなんて……いや、それくらいのことは普通にするもの? 度し難いけれど」

「……クリスちゃん? あの……何の、話……?」

「大丈夫! ワタシもハダカノツキアイがどういうことかはしっかり把握している! だだだ大丈夫だから、ブンはそこに座っていて!」

 クリスちゃんは慌しくお湯を被る。ちょっと変なクリスちゃんのお陰で、あまり肌へ気を取られずに済んだから、私は私で変な安心をする。指示の通りに元居た椅子へ戻るけれど、私がここに座っていたら、何がどうなるのだろうか。とりあえずリンスしようかな。ボトルへ伸びた私の手に――ひんやりしたそれが重なった。冷たさが肌の上に引き伸ばされ、その滑らかさから、温度の正体がボディソープだと分かる。背中に密着した熱さについては、上手に理解することが出来なかった。

「ブン」

 耳元で愛称が囁かれる。くすぐったさと言うには強過ぎる信号が、首から背中に掛けてチリチリ走る。

「ワタシもアナタと、ハダカノツキアイをする」

「……あ、あのね、クリスちゃん……それって……んっ!?」

「黙って」

 小さな掌が、そっと口を塞ぐ。問題を正しく解いたはずの私の、回答する権利を奪う。間違えているのはクリスちゃん。誤答を教えた未来ちゃんは、多分、私の知らない『裸の付き合い』をうそぶいた。厳密に言えば『一緒にお風呂へ入ること』も本来の意味ではないけれど、それでもクリスちゃんはきっと勘違いをしている。

 彼女を乱暴に振り解くことなんて無理な私は、嘘と彼女に拘束される。私の輪郭を細指がなぞっていく。手首から二の腕までほのかに泡立てる。胸の奥に詰まった吐息が、震えながら漏れて、彼女の掌にじんわり染みる。

「ミクよりも上手にしてあげる。アナタとワタシはpairなのだから……」

 ぼんやりしていく思考の海を、ペアという単語が静かに漂う。クリスちゃんに認められる嬉しさ。必要とされる喜び。もしかして、クリスちゃんは私と未来ちゃんが仲良くしてて、ちょっと寂しかったのかな。本当に『裸の付き合い<シンミツナカンケイ>』がしたいだけなのかなって、好意的に解釈してみる。……それにしたって、この距離は親密の二文字さえ挟まる余地がないと思う。クリスちゃんの膨らみが背中に当たっていて、奥底の鼓動を伝えている。私もドキドキが聞かれてる気がして、余計にペースが早くなる。それを確かめるように、彼女の手が胸の真ん中へ置かれて、私は恥ずかしさから目を瞑った。

「ブンは細いのに、とても大きな音がしている。可愛らしい人」

 口を覆っていた手がお腹へと移動して、私の呼吸は自由になる。反面、息継ぎは浅く浅く、正常さを取り戻せてはいない。

「っは、はぁ……可愛くなんか、ないよ……クリスちゃんの方が、ずっと、可愛いよ……」

「卑下するのはアナタの悪いところ。ブンが可愛くないのなら、ワタシだってこれほど胸が鳴ったりはしない。これほど……触りたくなったりはしない……」

「さ、触りたいって、クリスちゃ……んんっ!」

 両手が私の胸をくるむ。掌が尖りを掠めた瞬間、私は反射で体を折る。驚いたのか、クリスちゃんは一度私を解放する。タイルに崩れ落ちた私が心を整えようとしている傍ら、ボディソープのボトルが静かに押される。一回、二回……何回? 音が終わった頃には、たくさんの液が溢れているはずで、それらのうち幾らかが私の背中に零されたあと、クリスちゃんの体が接触した。

「こういう風にすると、ミクが言って――もとい、知っていた」

 ソープの冷たさは、もう感じ取れない。擦り付けられるクリスちゃんの柔らかさしか分からない。ツンとしたふたつの固さがその中に見つかると、裸を見るより罪なことに思われて、私は唇を結ぶ。そろり、彼女の指が後ろから、私の膨らみに覆い被さる。なけなしの胸が指の形をひと時写して、弱い摩擦で指より逃げる。指が追い縋る。私は押し黙り、泡だらけにされて、声、我慢出来なくなるから、自分の掌で喉奥に押し込む。クリスちゃんの甘い息が、肩の後ろで踊る。体を起こそうとするけれど、力が入らなくてされるまま。お湯とも泡とも違うものが、太股伝いに流れ落ちて、自分の昂ぶりを顕にする。

「ブンは、どこを触られるのが、好き?」

 蕩けた声色で問い掛けが降る。ぜんぶ、なんてはしたないことを言い掛けた私は、考えを払うみたいに首を横に振る。答えられるわけがない。自分の口で告げるのは恥ずかし過ぎるから。クリスちゃんは私の言葉を待っていたけれど、やがて時間切れを示すように、耳を噛まれた。痛みさえ、もう悦びの形態のひとつでしかない。

「……体に直接聞くから」

 クリスちゃんは台詞に倣って、私の全身を撫でていく。私がどんなに縮こまっても、決していなくなれるわけではないから、泡の面積はじれったい速度で広がっていく。足の指一本まで探られて、私の容<カタチ>が彼女に覚えられる。内股に指が滑り込んで、下腹部の翳りをサリサリ鳴らす。

「ここ?」

「っ!」

 彼女の腕が私の股に押し当てられて、ゆっくり前後に揺すられる。欲望の証拠が泡と混ざり合って、クリスちゃんの腕を汚していく。

「……だ、め……汚い、よ……んっ」

「汚い? だったら綺麗にしないといけない」

 ツ。指が裂け目をひとなぞりする。たちまち私のそこは求愛の涙を零す。雫は源泉ごとクリスちゃんに弄ばれて、泡なんて流れ去ってしまいそう。彼女の指が私で濡れる、その事実でまた私が潤う。粘ついた水音が掻き鳴らされて、私は握り拳を噛んで耐える。耐える? こんなに優しいクリスちゃんの施しに? 耐えているのは、欲求だ。浅ましく求めている私自身の情動だ。

「……アナタは、全部綺麗。そんなことも理解出来ないのならば、納得する理由をあげる」

 指が遠のき、彼女も身を離し、ぬるく感じられる浴槽のお湯で諸々が洗い流される。私にお湯を掛けるクリスちゃんは、普段の白さとは少し違った、淡い桜色に染まっていた。目を離せないでいた私だったから、クリスちゃんが視線を察知して、胸を隠し、お湯を掬い、勢い良く私の顔面に浴びせるまでの一部始終を認めた。

「! ……ぅ、けほっ……」

「ミクみたいな眼をしないで! 全く……ワタシとのハダカノツキアイが足りないみたいだ」

「……クリスちゃん、その、裸の付き合いって言うのはね……?」

「知っている! ただ、body soapが口に入るからまだしなかっただけ! ワタシに任せて」

 完全にクリスちゃんの勘違いであることが確定した。どんな拡大解釈をしても、裸の付き合いに『口』は出てこない。クリスちゃんにはきちんと教えないと……でも、今更指摘したらまたお湯を掛けられそうで、結局私は発言の機会を失う。彼女は私の手を引いて起き上がらせ、浴槽の縁に座らせた。

「ブン。手は後ろ」

「えっ……で、でも、全部見えちゃう……し……」

「……ブン」

 自分は胸を隠しているのに、私がするのは許してもらえないみたい。躊躇いがちに後ろ手をする。クリスちゃんが寄り添い、私の膝をトンと叩く。開いて。上目遣いで命令されると、彼女に逆らう機能のない私は、弱弱しく脚を開き、その間に彼女の小柄が割入った。上から下まで視線が順繰り、往復して、さっき触られていた私の体を、今度は瞳が撫でていく。私は明後日の方向を向いて、見られていることを忘れようとする。努力は呆気なく無意味になる。クリスちゃんの腕が腰を抱いて、お腹に触れたのは彼女の唇だった。吸う音が小さく立つ。『口』。彼女の唇から覗いた舌が、ミントアイスでも舐める風にちろちろ、肌を味わう。

「ぁ……うぅ……」

「ブンは、綺麗なのだから。アナタの体なら何処だって舐められる。……ココだって……」

 そこがどこなのかを舌が教える。私の女性をクリスちゃんの舌が優しく愛する。きつく閉じた私の両手を、彼女の手が穏やかに撫で擦って、不恰好な手繋ぎに変える。

「自信を持って、sweetie。アナタがワタシを支えてくれる分、ワタシもアナタを支えるから」

「クリスちゃん……う、嬉しい……けど……そこで喋られると……恥ずかしい……んっ」

「ワ、ワタシだって本当は恥ずかしい!」

 彼女の方に目線を移す。金色のブラインドの隙間から、夕陽の赤が覗いている。空色の瞳は私に文句でも言いたそうで、なんだか、とても愛しかった。

「……ありがとう……」

「べ、別に!」

 クリスちゃんがそっぽを向く。絡まった指がそわそわしている。逡巡したあと、また私を見上げて、舌での行為を再開した。それは私のお腹に甘い切なさを満たしていく。ラメキンの中のスフレみたいに、彼女に熱せられて膨らんで、私から溢れ出て――ふわふわと舞った。

 ■ ■ ■

「ミクとは……どっちが良かった……?」

 クリスちゃんにしては珍しく、弱気な尋ね方だった。そもそも私と未来ちゃんはただ普通にお風呂に浸かっただけであって、比較のしようがないと思う。クリスちゃんだよって言ってしまえば済む話を、何故かややこしくしてしまう。

「えっと……わ、私がまだ、する方に、なってないから……クリスちゃんにも……してみないと、わからないよ」

「!? 確かに、あー……」

 クリスちゃんの口元が湯船に沈む。ぷくぷく泡を吹きながら、される方になるのは想定していなかったみたいに悩んでいる。

 でも、私の指だって、あなたに触れたがっているから。

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