【ニジム。】

 時間の無駄だった。暗闇の中でブラウン管が輝き、意味のある総体として映像を展開している。布置された字幕は全てアルファベットであり、スピーカーから流れてくる音声と同期していた。CNN Student News。文字通り学生向けの平易な英語で構成された報道番組だが、その実対象はネイティブの高校生だ。日本の中学二年生には雰囲気を楽しむのがせいぜいであるし、内容がニュースなことで僅かな娯楽性さえ失われている。大体、今更2000年問題も無いものだ。東京電力福島第二原発の誤作動? そんなことに興味を示す中学生はあたしの知る限りいない。もちろんあたしも無関心を貫き、脳内の正しい翻訳をことごとく無視する。

 視聴覚室にいる生徒の過半はあくび或いは暇つぶしに勤しんでいた。熱心に画面を見遣るのは教師ぐらいなもので、学生は誰ひとり今を授業時間だと認識していない。つまり時間の無駄だ。これはトピクス選択に注意を払わなかった教師の責任と言える。今日び英語教育向けのキッズアニメなんて幾らでもあるのに、何故わざわざ退屈を演出する。あたしには理解できない。

 試みに、用いられた単語の対義語をスペリングしてみたり、表現を別の言い換えで起こし直したりしてみる。すぐに飽きた。遊びにもならないことを延々続けるほど朴訥ではないし、授業時は勉強だけで脳を満たすなんて勤勉な人間でも無い。そしてまた時間の浪費に沈む。周囲の空気が重いのは、クラスメイトの無気力が嵩<カサ>んでいるからに違いなかった。

 隣を見れば、ふたつのオールが船を漕いでいた。つっちゃんの結った髪がゆっくりと前方に振られ、慌てて元の位置に持ち直される。周期的に揺れる小さな振り子。海外ニュースなどより、つっちゃんを見ている方があたしは楽しい。暗幕が通す仄かな光とテレビの輝きを頼りに、彼女の像を結ぶ。遠い目をした横顔を見つめる。

 つっちゃんは授業中に良く寝ている。退屈もあるだろうけれど、多分睡眠時間が足りないんだ。流行のドラマで夜更かしする体力はあたしの持ち合わせないものである。ただでさえ朝に弱いあたしだ、就寝が遅くなると本当に酷い。ヒロくんが起こしに来た事も一度や二度では無かった。だからなるべく定時に床へ就く。あまり効果が無いのは心底申し訳ない。

 つっちゃんは此岸<シガン>と彼岸を揺蕩<タユタ>う。六文銭は持っているのだろうか。思索で彼女を黄泉送りするあたしもなかなかに寝ている。仮につっちゃんが死に瀕することがあるなら――その六文は無理やりにでも奪い取る。あたしは絶対に彼女を死なせない。どんな時でもどんな危機でも、あたしがつっちゃんを守るんだ。そんなあたしは、「余計なことせんでええわ!」と怒られるかも知れない。でも、あなたのことが何より大事。

 あたしがスマートな人間だったら、この好意は簡単に打ち明けるだろうし、寝入りそうな彼女に対しては優しく肩を叩いてあげることだろう。何だかんだで自分は不器用だと感じており、加えて悪戯好きと来ている。無防備なつっちゃんを見ると、好奇心が急成長していく。

 手にしたシャープペンシルで軽く机を叩き、覚醒を誘ってみた。効果は無い。相変わらず進路を決めかねたまま、彼女は波間に揺られている。これで起きないなら、触って目覚めさせるのは当然だよね。

 周りの状況を確認する。一番後ろの席のあたしたちに気を配るひとはいない。教師も報道へ釘付けで、当分気づくことはなさそうだった。それは飽くまで、つっちゃんが声を出さなければの話。

 シャープペンシルを指示棒にして、示し先へとそっと伸ばす。つっちゃんの胸元。薄く膨らんだ女性の輪郭をカーディガンの上からなぞり、横倒れの8の字を描く。つっちゃんの眉が一瞬歪み、しかしそれ切りで終わった。つまらない。シャープペンシルは次のステップを踏む。キャップトップを右胸の頂上へ置き、押し込んでいく。

「んっ」

 カチ。芯が僅かに押し出される音は、彼女に聞こえただろうか。少なくともあたしには聞こえた。彼女の小さな呻きと共に届いた。これなら起きてくれそうだ。

 カチカチ。つっちゃんの先端付近を指代わりにして、不必要な芯が伸びる。芯が抜け落ちる前に彼女は目覚めた。胡乱な目は胸元へ落ち、シャープペンに絞られ、腕伝いにあたしへ辿り着く。ようやく事態を把握したのか、真っ赤な顔で鯉の口をした。

 カチカチカチ。お早うつっちゃん。あたしが隣にいるのに、眠ったりしちゃダメだよ。あたしはあなたが思っている程度に狡猾で、あなたが思っている以上に淫らなんだからさ。ほら、早くやめさせないと――エスカレートするよ?

 つっちゃんは黙っている。あたしの手首を掴む彼女の手は、戸惑いを多く乗せている。本当につっちゃんは免疫が足りない。それとも、されるままなのは授業中のせいか。芯がシャープペンから飛び出て床に消える。これでは書けないので、もう一方の胸を別の芯が出るまでノックし続けた。

 彼女は身じろぎしながらノートに走り書きする。文面はいたってシンプルだった。「やめえ!!」。エクスクラメイションをふたつ付けて、全力否定のつもりなのが微笑ましい。ちょうど芯の先が顔を見せたことだし、彼女のコメントへ返信を書いた。「どうしよっかな」。何の解決にもならない台詞を連ね、シャープペンシルの柄を彼女の胸に当てた。用途の分からない突起部分を擦り付ける。歯磨きの要領で左右に動かす。衣服は必然的に擦れ、覆う膨らみを緩やかに摩擦した。

 「声出すで?」。いちいち可愛らしい意見が綴られる。より簡単なのはあたしに背を向けることだと思うが、その時は背中やお尻で遊ばせてもらう。もっとも正しい反応は、あたしの手を払いのけることだ。彼女がそうしないことで、あたしは色々な勘違いをしてしまう。OKのサインだと錯覚する。

 「出せば? いつもみたいにかわいく鳴いてよ」。彼女と伝言ゲームを楽しむ傍ら、まだまだ胸を弄くる。つっちゃんはあたしの言葉を読み終えて、揺らぐ瞳で見つめ返して――胸を隠した。弱い弱い意思表示だった。

 シャープペンシルを机に置き、今度は掌を重ねていく。胸に被さった彼女の手の甲に触れると、這う仕草で撫で回した。つっちゃんの表面を徘徊するあたしの指。彼女の指の形、爪の長さ、肌のきめ、掌の皺……諸々を触って再確認する。耐えかねたのか、つっちゃんがあたしの手を掴んで妨害した。あたしは上手に対応する。彼女の五指と指を組み合い、恋人の手繋ぎを演出した。お互い利き腕で結ばっているから、文字の交換はもう出来ない。なので言葉より静かなあたしの吐息を聞かせた。

「っ!」

 手を握る彼女の力が強まる。つっちゃんが耳責めに弱いのは、何度も抱いているお陰で分かっている。長く短く耳を吹くと、声を出すまいと唇を噤んだ。

「つっちゃん、かわいい」

 掠れ声で教える。今の姿を言い聞かせる。それで彼女はますます恥ずかしがり、朱に染めた顔を俯かせた。

 誰も気づかない。上ッ面だけ優等生のあたしが、同性の女の子を愛していることも、授業中の秘め事に耽っていることも、誰ひとり把握していない。いっそキスしてしまおうか。あたしの部屋でするように、彼女を抱き寄せて、唇同士をくっつけあって。そうすればつっちゃんもきっと素直になる。甘やかな囀りで歌い、綺麗な雫を滴らせる一輪になる。欲望に従いかけて止めた。流石にクラスメイトへ言い逃れ出来ないのは不味い。あなたとの関係を、こんなくだらない場所で失う気は無い。

 繋いだものと逆の手で、彼女の頬を撫でる。首筋から肩にかけて走らせ、つまらない拘泥を拭い去る。胸を弄るあたしにもう彼女は抵抗しない。薄い胸の中にたくさんの不安と期待を包んで、あたしの愛撫を受け入れる。じっとあたしを望むふたつの目。微かに涙の滲んだ瞳。普段なら意地悪な言葉を言う場面だ。だけど衆人が発言権を剥奪する。優しいあたしであることを強いる。ただ静かに笑顔を向けた。それであたしも彼女も満足した。

 弾む息。どうでもいい英会話が森になって、音の葉を隠す。暗闇が重なるふたりに帳を落とす。つっちゃんの眼がしきりに下を見る。ソコに指が欲しいと訴える。従い指は零れ落ちる。スカートに触れ、一旦膝頭へ進んだあと。少しだけ力を込めて開脚の指示を出した。彼女の足はそろりと開かれる。拓かれた進路を指が歩み、焦らすように舞い戻る。内股を繰り返し行き来する間に、我慢できなくなった彼女が動いた。あたしの手を両手で導き、自ら腰を迫り出す。指の背が触れたその場所は、熱と湿り気を滲ませていた。

 握りこぶしを作って上下に振る。ショーツの奥からもっと喜びを滲ませるために動かす。柔らかいつっちゃんの花弁は、微妙に開いてあたしを誘い込む。尖った雌しべを意図的に掻きながら、花全体を丹念に愛した。手の甲がどんどん熱くなる。彼女の双眸を濡らす輝きは切ない光を増し、あたしの裡<ウチ>に滲んで沁みる。

 キスがしたい。閉じられた唇を開かせて、舌を甘く睦ませたい。欲情が幾度も思考を濁す。自分から仕掛けたはずなのに、気づけば泥濘に嵌っている。授業が終わったらつっちゃんを連れ出して、人気の無いところでたくさんしよう。

 だが、あたしの決め事は意味を失った。つっちゃんが手を伸ばしてあたしを引き寄せる。咎める暇さえ無かった。隙間を探せないぐらい密着したふたつの唇。誰かに見られたら、こんな状態で視線を浴びたら――仮面<マスケラ>が剥げてしまう。つっちゃんへの愛情が抑え切れなくなる。あなたがあたしを好きでもいい。あたしの指を欲しがるのもいい。だからって、あたしがあなたを好きなことは内緒なの。体の関係だけで満足しなきゃ、あなたの全部を手に入れたくなる。鎖で拘束してしまう。あたしの薄汚い欲望が滲んでしまうから、イヤ、なのに。

 唇はこんなにも温かい。

 あたしとの口付けの果てに、つっちゃんは達した。息遣いや体の震えでそれと知れた。あたしたちはどれぐらいキスを続けていたんだろう。英字のニュースより何より、あなたからキスしてきたことがあたしに取っては一大事だ。さり気なく周囲を視認する。恐らく問題は無いが、唇に残留した温度があたしを惑わせる。

 ふいに、つっちゃんがノートを指差した。今の行為に対する感想でも書いたのか。それにしてはやけに緩い笑顔をしている。幾分訝しがりつつ、あたしは記述された文章を追った。

『保崎さん、むっちゃ顔赤うなっとるでv』

「え……」

 思わず片手で頬を押さえた。確かに火照りを帯びているけれど、決して赤らんでいると決まったわけでは無い。強がろうとするあたしに、つっちゃんが小声で耳打ちした。

「保崎さんもかわええよ」

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