【恋の主題によるFUGA】

 好きな子を虐めたいっていう心理にいろいろ理由づけはできるとして、カラクリのうんぬんよりかは実際そうしたくなるって事実の方が確かなのを知ってる。それでもちょっと考えてみると、クリスを弄りたくなるのは反応が面白いからかな。あと怒ってる彼女がなんか小動物っぽくてかわいい。ハムスターに対してケージの外からヒマワリのタネをちらつかせてみせる、そういう遊びをしたことがあるひとならわかってもらえるかもしれない。ムキになる仕草にすら愛くるしさは宿っているから、あたしがクリスにちょっかい出すのも、まあ、しょうがないよね。別にフッツーの仲良しでも構わないんだけどさ、ひとが十人いたら十色に塗りわけられているのとおんなじ、二者関係にもそれぞれカラーがあって、あたしとクリスの間には、薄めた絵の具で白い直線が描かれている。色合いのほどよさが嫌いではないから、これはこれで楽しい交友関係というヤツである。ただ、世の中には外野からするとどうにも煮え切らないなーと思うふたりもいるわけで、生煮えで困ってるのを聞かされたらなおさら、あたしが火種なり燃料なり投入するのもやむなし。大義名分ってすばらしいね!

 ドギィくんが大きく刺繍されたナップザックに、夢や希望を詰めこんで、『二宮』のドアプレートを前にする。ノックを2度。

「クリスー。遊びに来たよー」

 当然のノンアポに対し、部屋の主は半眼で出迎えた。ですよね。

「……暇潰しなら一人でして。そして孤独死して」

「酷くないっ!? SAJの新人として、仲間と親睦を深めに来ただけじゃん! そう、クリスと心も体も親密に……ああ閉めないで! 閉めないで!」

 ドアノブを両サイドから引きあう格好になる。羽毛布団の押し売りセールスの気分。

「親睦なら学校の中だけで足りている! アナタとこれ以上の交友は必要ない!」

「ぇー、あたしはきみともっと仲良くしたいのに。それにほら、筑高トリオのチームワーク高いと、事件発生時の能率も高まると思うよ。立地柄いっしょに行動する機会も多そうだし、クリスは筑高メンバーのリーダーみたいなものなんだから、団結力向上に協力してくれていいと思う。つまりあたしと遊んでくれるいずべたー!」

「bitterの間違いとしか思えない……」

 苦虫を噛んだ風に呟く反面、ドアを握り締める力はゆるやかになった。それらしい理屈で懐柔されるクリスってばチョロくてかわいい、略してチョロかわいい。ほんとのところは、単に彼女にも時間があったってだけの話だと思うけど、扉と彼女とに生まれた隙の両方へお邪魔させてもらう。

「何してたとこ? ……類語辞典?」

 スツールの上にナップザックを置く。それとなく目をやった机には、読書向きじゃない、箱みたいな一冊が置かれている。ノートがとなりにあるでもなく、調べもの最中の雰囲気も感じられなかった。

「英英辞典みたいなの?」

「……nuanceは近い。英英辞典が英単語の意味を英文で言い換えるように、類語辞典はある表現を別の表現で言い換える。語彙の充実という点では一致している」

 語彙の充実がお題目なら、日本語を扱った辞典なのかな。クリスの日本語力に磨きがかかると、変な言葉とか妙な文化を吹きこめなくなってあたしががっかりすること請け合いだ。でも陰ながらの努力って素直にえらいし、この間はちゃんと騙されてくれたみたいだからいいかなって。

「なにかと豊富な方が得すること多いよね。言葉もそう、友情もそう、おっぱいもそう」

「ミク。追い出されたい?」

「ごめんって! クリスのおっぱいは豊富じゃないけどジャストサイズ……ええと、掴むなら胸ぐらじゃなくて胸にしたらどうかなー。それだとあたしも気持ちよくて大喜び」

 あたしの制服をキリキリさせて、クリスが睨みつけてくる。褒めてるのに!? まあ、本人が喜ばない賛辞に正当さは発見できない。それに、遅かれ早かれ彼女が怒るタイミングは訪れるのだから、今がその時だとしても大差ない。

「――文世のはどうだった?」

「っ!?」

 勢いがくじける。あたしは怒ってるきみも好きだけど、戸惑ってるきみも好き。ころころ変わる表情が、ほんと、からかい甲斐あるよね。こちらに伸びたクリスの長袖を、ひとつ折り返し、ふたつ折り返し……手首を軽く握る。上手なひとの捕まえ方、教えてあげる。

「『裸の付き合い』、したんでしょ? ちなみにあたしが前言った内容は全部ジョークだからね。文世ならきみに強く言い返せないし、きみが思いこんじゃったら最後まで進んでもそんなにおかしくないかなー、っていうのもやっぱり冗談めいてるから、この結果はでき過ぎてて笑っちゃうな。もちろんあたしは文世とそういうことしてないよ。ちょっといっしょにお風呂入ったくらいで、そんなに見たり触ったりはしてないんだ。だから――感想聞かせてよ、クリス」

 平手打ちのひとつも飛ぶかと思ったけど、案外彼女は黙って聞いていた。ひとしきり沈黙が流れたあと、感情と共に言葉が絞り出される。

「……アナタは、最低」

「うーん、お互いさま? 文世の優しさを利用して巻き込んだきみは、自分が潔癖だと言い切れるの? 背中を押したのはあたしだとして、実行したのはクリスだよ。これって共犯でしょ。大体、クリスは文世の意思を汲む努力が足りてないんじゃない? 文世の伝えようとする気持ちをないがしろにしてない? きみがそんなだと文世はどんどん萎縮して、悪循環になっちゃいそうだし……あたしがもらっちゃおうかな。文世は優しいから、お願いしたらあたしにもさせてくれそうだもんね。ちょうど文世のことつまみ食いしてみたいなーって」

「やめて……」

 しおらしい白旗が上がる。あたしの胸元はとっくに自由を取り戻している。物質的な暴力が優れた強制力をもつことに異論はないけど、言葉の縄の拘束力も馬鹿にならなくて、特に後ろめたさが引っかかった時の食いこみ方は酷い。あたしがクリスを騙したのは本当、でもクリスが非のない文世に被害を飛び火させたのも本当で、どちらかと言うと後者が堪えているみたい。

「ブンは悪くない。ブンにおかしなことをするのはやめて……」

 一番利いたのそこ!? ぇー……あんまり気乗りしないクリス批判を頑張ったあたしの立場がない。ま、まあ結果オーライかな。握ったままだったクリスの手首を、彼女の背中へ回させる。その分あたしが距離を詰める。吸血鬼がことを成す風に、首を傾け、牙の代わりに音を立てる。彼女の耳元で要求する。

「じゃあ、あたしの欲求、クリスが発散させてくれる? あ、拒否するならふたりとも食べるから。いくらSAJのみんなが優しいって言っても、共用のお風呂でセックスしたって聞くのは気分よくないだろうし、文世とクリスのそういう関係を知るのもショック受けるよね。みんなに知られたらきっと文世も悲しむよ。あたしのお喋りな口が余計なことを言いふらさないためにはきみたちの献身が必要なの。でもクリスがどうしてもって言うなら、共犯者のよしみで、文世は許してあげてもいいよ」

 覗き見ると、クリスは唇を噛んでいる。やり過ぎ感全開だとしても、ねえ。これくらいお膳立てしなかったら流石のあたしもクリス食べるの無理。生理的にオッケーでも物理的に無理。それでも昇るべき月のあるように、覚めるべき夢のあるように、食べるべき女子がここにいる! ……主題を忘れかけていて反省した。この楽曲においてあたしは嬉遊部<ディヴェルティスマン>、幕間繋ぎのパーツでしかない。クリスを食べるべきなのはあたしではないので、うん、ほどほどにしないと。

「ね、どうする?」

「……好きにすればいい、下衆女」

「口悪ーい。『ワタシを好きにして』くらい言ってみたら? はっきり主張してくれないと、きみを好きにしていいのかふたり揃って好きにしていいのか、わかんないでしょ」

 強情なのはいつも通りらしい。それならじっくり崩していくだけ。クリス共々、ベッドへなだれこむ。金色がシーツに柔らかく散華するのに、少しの間見惚れた。

「文世も同じことされていいんだ?」

「それは――」

 文世の名前万能説。好きなひとを思いやる気持ちって尊いなぁと感じずにはいられないよね。その尊さを利用しているあたしは実際下衆い。

「ほんと文世が大事なんだねー。うーん……なら『文世が好き』って台詞に変えてもいいよ。クリスっぽく言うと『ブンが好き』? こっちの方が素直に言いやすいんじゃないの」

「そんなことをアナタに言っても仕様が無い!」

「もー、クリスも大概わかってよー……命令だって」

 片手で制服のボタンを外す。あたしを制止したがる両腕は、ひとまとめにして万歳させた。次は、ブラウス。タイを解いてから順々にはだけていく。クリスの目は物言いたげに視線をよこすけど、あたしが欲しいのはそれじゃない。

「くっ……」

 インナーの下のお腹へ触れると、逃げるように身じろぎする。シェルターなんてどこにもないから、あたしは悠々、クリスの肌触りを楽しむ。頬に落ちた朱は多分羞じらいの色で、あたしの嗜虐心を煽り立てる。

「あたしは文世のこと、好きだよ。これならあたしが文世に手を出しても文句ない? 愛を謳わないきみよりか、少しは誠実でしょ」

「アナタは、ブンを愛してなどいない! ブンを、ぁ、アナタの、欲望の捌け口にはしないで! や、めっ」

「好きでもない女の子抱く趣味ないんだけどなー。あたしの場合、恋愛感情と性的欲求はちゃんと一貫してるんだよね。好きだから、したくなるの。きみだって文世とした時、愛しさがいっそう強くなったんじゃない? あ、逆説言うとあたしクリスのことも好きだからね。思った通り結構あるし」

「アナタなんて、死ねばいい! んっ! ワ、ワタシはキライ! ミクなんて、オオキライ……ぁっ!」

 間に間に甘いものが混じって、威勢のよさが台なしになっている傍ら、あたしの指がクリスの胸と遊んでいる。多分あたしの方があるなーと思いつつ、ほら、自分の胸揉んでも全然面白くないし、大きいのが好きってわけでもないし! クリスのおっぱいが割とあるっていうのが重要なんだし! 美乳という概念、大事だと思うんだ。

 クリスの手が懸命に中空を掻く。生きたままピン留めされて、標本に成り行く蝶をイメージさせる。あたしの指がゆっくり彼女の自尊心を殺していく。途切れ途切れの吐息が死に体を教える。目、ぎゅって瞑ってさ、ほんとかわいい。

 一旦立ち上がり、ドギィくん印のお楽しみ袋を取ってくる。ついでに照明の光を弱めた。涙にまみれたクリスの瞳が、薄明かりを返して輝く。もう終わり? まさか。彼女にとっては残酷なアイトークを交わす。さ、ボディトークも続きしよ? ナップザクからローターを取り出して見せるけれど、予想通り彼女はその正体を把握できずにいる。スイッチを入れたら用途ぐらいはわかってもらえたらしい。笑顔で花丸を示したのに、彼女の怯えを助長したに過ぎなかった。

「嫌いな相手にされても気持ちいいなら、クリスの方がよっぽど淫乱だよね。そんなきみにはこういう無機物がかえっていいんじゃない? あたしじゃなくておもちゃにイかされましたって、言い訳もできるしね」

 横向きにくるまって、クリスは怖いものから身を守ろうとしている。それを後ろから抱きすくめた悪いひとのあたしは、クリスの髪を何度か撫でて、小さな耳を露呈させる。ローターの先端で輪郭をなぞったあと、孔に軽くあてがった。これがきみのいろんなところに当てられるんだよって、鼓膜と脳を調教する。たっぷり一分ぐらいは続けた。

 耳から首元に落として、肩。衣服を片方だけ袖抜きして半裸に剥く。すっごい皺になってそうだけど、スタッフが責任もってアイロン掛けとくからご勘弁願おう。

「そういえば、あたしのリクエストスルーされっぱなしだよね。クリスがあたしのこと嫌いなんてわかりきってるし、今更聞いてもつまんないの。好きな子の話しようよ」

「誰が、そんな――ゃあっ」

「文世が好き、でしょ?」

 振動をブラの下に放り込んで、彼女の尖りと突き合わせる。もう片方が寂しそうにしていたので、そっちはあたしの指でかわいがる。張り詰めた彼女の自己主張を甘やかに揶揄する。

 次第に、嗚咽みたいな掠れ音の内に、意味のある言葉が顔を覗かせ始める。あたしの与える刺激が告白を阻害しているのか応援してるのかは、彼女本人しか知りえない。あたし自身にとってはフィフティフィフティ、彼女を虐めたい気持ちと支援する気持ちのないまぜ。

「……が……き、うぅ……」

「聞こえない。もっと、ちゃんと、はっきりと言って」

 肩へ噛みつく。あたしのダメ出しが柔肌を喰いしめる。クリスはか細い悲鳴を上げて、あたしの子宮をジグジク疼かせる。もー本腰入れて食べちゃおっかなって魔が差すけど、セーブ、セーブ。必死に再発言しようとするクリスをあたたかく見守る。

「……ブンが、好き。すき、だからぁ……ブンには、っ、ひどいこと、しないで。お願い……」

「よくできました」

 クリスの髪を一房採り、敬愛のくちづけをする。大切なことは、言葉にしておいた方がいいんだ。決して実を結ばなくても、秘めたまま死んでいく恋よりかは救いがある。その点きみたちは好き合ってるんだし、クリスは素直に好意を伝えてあげてもいいんじゃないかなー。でもきみがあんまりデレデレするのもキャラが違うか。だから余計に今のきみは頑張ったよねってことで、あたしは景品袋の中からプレゼントを見繕う。

「クリスに免じて、あたしが文世の体にいたずらするのはやめるね。約束するよ。――まあ、その分きみには楽しませてもらうね」

 彼女の目の前に、敢闘賞をぶらさげた。カチカチ、あたしの指先から伸びる3個のローターが、互い互いにぶつかっては喧嘩している。こればっかりだと飽きちゃうかなと少々心配した割に、クリスの表情は十分絶望していたので、あたし大満足。

「アナタは、頭がおかしい……」

「きみもいっしょにおかしくなろ?」

 改めて彼女の小柄を抱き、フリーな方の胸にローターをセットする。周波数は最低にしておいた。少しずれたブラの体裁を丁寧に整え直し、残りの2個を摘んで、胸元から下腹部へと蛇行していく。お腹の上を経由して、スカートのプリーツを伝い、内側、内腿に二重丸を描いたあと、腿の隙間に震えを据え置いた。道具を放したあたしの指は、不躾にクリスの下着へ忍びこむ。秘裂を浅くひと撫ですれば、熱い雫が付着した。

「すっごい濡れてるんだけど。こんなに溢れさせるなんて、やっぱりクリスはやらしいんだね」

 変態。冷たい侮蔑に押されて、とくん、と蜜が漏れ出る。指で絡め取り、彼女の女性に塗り広げる。小粒なクリトリスに指が当たると、ひときわ上ずった嬌声を聞かせた。感度は問題ないみたいなので、安心してローターにバトンタッチする。2つともショーツの中に明け渡すサービス精神の旺盛さ。……そろそろ、ランナーもバトンタッチするべきかな?

 身を起こし、ハンカチで指を拭う。真っ赤になっているクリスの頬はとりあえず膝上に乗せてみる。夢中で快感と戦っている彼女は、あたしが携帯を取り出すのに気づかない。我慢しなくていい相手を呼ぶから、ちょっと待っててね。文世は数コールで電話を取る。

『……未来ちゃん……?』

「もしもし文世ー?」

わざとらしく名前を口にすると、クリスは薄っすら目を開けて、すぐに見開いた。素知らぬふりで続行する。

「今時間大丈夫?」

『う、うん……買い出し終わって、さっき……戻ったよ……』

 クリスが電話を奪おうとする仕草は、ローターの設定を強にしたら中断される。自身の口を塞ぐマスクに変わる。

「あ、もう部屋にいるんだ? 今ね、クリスの部屋でふたりで遊んでるんだ。文世もおいでよ」

『クリスちゃん……いやがらない、かな……?』

 流石文世、あたしの膝下で決死の目配せをするクリスが見えているようなことを言う。……いつもの文世なだけかー。

「じゃあクリスに聞いてみよう!」

 通話部を手のひらで覆うと、反対にクリスの唇が自由になった。

「約束が、ぁっ、違うぅ……」

「あたしが保証したのは文世の貞操。文世を巻き込まないなんて言った覚えはないよ。ということで、はいっ!」

「っ」

 電話をクリスの横顔に添える。空いた手はローターの強弱で遊ぶことにした。くぐもった振動音が受話器の向こう側に届いたとしても、それはそれでいいかなー。どうせ八割方、文世はこちらへ来るのだし。

「……ブン……あっ、くぅ……来ては、だめ……こないで……あぁっ!」

『クリスちゃん? どう、したの』

 華麗に通話オフ。ローターも全部オフ。クリスは表情に安堵を滲ませるけれど、幾ら文世がきみに従順だからって、様子が変だったら飛んでくると思うんだ。ほら、ノックが鳴ってるよ。代わりにあたしが出てあげる。制服姿の文世が、困惑顔で立っている。

「未来ちゃん……? あの、クリスちゃんは……?」

「とりあえず入りなよ」

 室内に招かれた文世は、すぐにベッドのうえの彼女を認める。ボタンの外れたブラウス、乱れた髪、潤む瞳。首謀者のあたしからしても、思いっきり事後事後しい。文世も当然戸惑っているので、肩に手を置いて、クリスにも聞こえるように解説を入れる。

「文世が『クリスちゃんがさせてくれない、嫌われたかも知れない』なんて相談してきたの伝えたら、クリスは『ブンにされるのは恥ずかしい』だって。あんまり身勝手だからちょっとお仕置きしちゃった。自分は文世に恥ずかしい思いさせた癖に、ずるいよね。不平等だよね。そんなクリスの羞恥心はめちゃくちゃになっても仕方ないと思うの。どうかな文世」

「ワタシは――」

 クリスが言いかけて、口を噤む。彼女には抗議する余地がたくさん残っている。文世の相談をクリスへ伝えたのは嘘、クリスの答弁も嘘。でも、文世があたしへ告げた内容がたったひとつ真実だとしたら? 文世のモーションがあったのは、誘われたクリス自身も知っているだろう。内容に信憑性があり、文世が否定をしない時点で、最初の相談自体は正だとクリスも把握する。そうなるとあたしの偽りは些細、『文世はクリスにしたかった、クリスはさせなかった』という事実に、『それは不平等』なる脚色が乗る。反論し辛いよね。

「で、でも……私は、クリスちゃんが嫌がることは、したくないし……未来ちゃんにも、しないで欲しい……」

 文世は優しいから、クリスのフォローに回ろうとする。手助けはしかし彼女の罪悪感を追い詰めるだけだ。

「だってさ、クリス。文世を悲しませるから、あたしがするのも、文世がするのもやめにしておこっか」

 クリスが刃物じみた鋭さで睨む。視線には人を刺す力なんて微塵もなくて、あたしは軽く受け流し、彼女が自身の言葉で傷つくのを待っている。甘美な創傷を期待する。クリスは部屋の隅を臨んで、一時沈黙したあと、あたしにはおおよそ向けることのない目で文世を見た。

「ブン……ワタシは、その……アナタに愛されたい……」

「クリスちゃん……」

 あたしは文世を舞台に上げる。自分はベッドの縁で観客になる。主題が爪弾かれるのを心待つ。

 クリスは、あたしからされるのは快くなかったにせよ、文世にしてもらうのを同列で却下できなかった。そうなると文世を受け入れるしかない。彼女の期待に応える他ない……ってさあ、最初からさせてあげればいいじゃん! そりゃ受けるのって大抵恥ずかしいよ! でも男女ほど簡単に役割分担決まらないんだし、文世の精一杯を抱きしめてあげなって! 力説しようにもあたしとっくに蚊帳の外。わがままお姫様は背高の、やっぱりお姫様にキスされてうっとりしてる。うーん……なんか癪だしもうちょっと虐めようかな……。

「文世ー。クリスの下着の中におもちゃ入ってるから、取ってあげたらいいよー」

「……? う、うん」

「ミク! 余計な……んんっ」

 文世は素直に胸をまさぐる。大きな指は、目的の割に余分な面積を撫でるのだろう。クリスの声が控えめに弾む。文世が取り終えたふたつのローターを受け取って、お礼に小声でアドバイスを渡す。『こんなのより指と唇の方が喜ぶよ』。

「ブン? もう、そこには何もない……あっ」

 魅惑の美乳があるというのに、クリスはよくわからないことを言う。文世はぎこちなく胸を揉みながら、クリスの肌に穏やかなくちづけをもたらす。初々しくてかわいい! 実際初なんだし当たり前かー。

「クリスちゃん、苦しそうだから……服、脱がすね……」

 多分苦しくはないんだろうなーと邪推するけど、文世の申し入れをクリスはあっさり飲む。あたし脱がすタイミング見つからなかったんだよねって、北風と太陽を思い浮かべてしんみり。あたたかい方が強いね。

 文世は一枚一枚、脱がせてあげては畳んでいる。お姉さんと妹みたいだって感想を述べるのは、クリスの1ビンタもらいそうなのでよした。

 肌色が増えるに従って、クリスの動作はだんだん鈍くなっていく。ブラを取るのもだいぶためらったようだけど、文世がホックの辺りにキスしたら大人しくなった。チョロかわいい。

「ブン……これ以上は」

「文世。下のおもちゃも外してあげないと」

「アナタは席を外して! 一緒に顎関節も外して!」

 が、がくかんせつってクリスに言われた……。謎のショックを受けているあたしの横で、文世は最後の一枚をどうしようか悩んでいる。もう強引にいっちゃいなよ。文世は考えた挙句、ふわっとクリスを包みこむ。

「クリスちゃん、私、全部見たい……クリスちゃんの綺麗な体……見せて……?」

「ぅ……」

 クリスは小さく頷く。太陽が、太陽が眩しい。極めて正攻法でクリスは踏破された。ポト、とふたつのローターが転がる。薄闇にきらきら輝くくらいにはクリスの蜜に濡れているそれを、文世はひとつ拾い上げ、狼狽するクリスの目の前で――ちろり、舐めた。穏やかに微笑む彼女から、クリスは慌ててローターをむしり取り、あたしへ全力投球した。なんでそうなるの!? もろもろツッコミそびれても、ボールがぬめる魔球でも華麗にキャッチ。

「ブン! 変なことはしないで!」

「変じゃ、ないよ……? 私も……クリスちゃんの、舐めたかったんだ……」

 おいしいよ。文世の殺し文句で、オーバーヒートしたクリスがベッドに沈没する。そして文世のダメ押しが……ない? あ、この子本気でクリスの裸に見惚れてる。彼女の癖は聞いたことがあるとして、今そういう場面じゃないからね! あたしは文世の前でひたすら手を振る。ほどなく文世は帰ってきた。……帰ってきたと思う。仰向けになったクリスの腰を抱き、持ち上げ、え、あの、でんぐり返しの途中経過に似た、あんまり言いたくない名称のポーズになってるよ? クリスの死因が羞恥心破裂だったとしてもあたし疑わないよ? クリスは抗議の言葉すら忘れてしまい、無言になっている。それでも、文世の舌の伴奏に釣られ、喜びのメロディーを紡ぎ始める。

 クリスのつま先が丸まって、終演の指揮棒のように、文世の肩へと降りていった。

■ ■ ■

「ブン! アナタは幾らなんでもやり過ぎ! ミク! アナタは存在自体が下衆過ぎる! ふたりともワタシを何だと思っている!? 大体、ワタシだけが脱がされて辱められるのは間違っている! とてもfairだとは思えない! 特にミクは、脅迫で肉体関係を強要したゴミクズ女で――」

 人差し指をまっすぐ突き立て、クリスは延々と口上を続けている。あたしと文世は床に正座。ど、どうしてこうなった? 思い当たる節しかないけど!

 文世の方を見ると、怒られている割には嬉しそうだ。まああたしも役得あったし、クリスに結構酷いことも言ったので、黙って演説に耳を傾けておこう。

 信頼が積み重ねであるように、努力が積み重ねであるように、恋愛だって積み重ねなんだから、きみたちはきみたちらしく、主題を繰り返し弾けばいいんじゃないかな。

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