【Baccarat】

「ねえ、つっちゃん。ゲームしようよ」

 彼女の背に尋ねかけると、その肩が軽く揺れた。振り返る顔は不敵な笑みで彩られており、既に回答を与えているようなものだった。

「ウチに勝てるとでも思っとんの? 当然受けるに決まるっとるわ」

 帰るつもりだった足が進行方向を変える。あたしの向かいにある椅子を引き、勢いよく腰を下ろした。二人の間に挟まれた長机は一冊の本も載せていない。閉館後の片づけが終わり、今は仕事納めの段取りだった。あたし達以外に人影はない。あたしの目論見を邪魔される心配は皆無である。

「良かった。最近覚えた遊びがあって、つっちゃんとやってみたかったんだ」

 鞄からトランプを取り出す。百円均一で買ったカード束は未開封で、包装フィルムを丁寧に剥がした。あたしがイカサマをしていると思われたくないから、わざわざ新品を持ってきた。バカラは公正さが売りのゲームなのだ。

「つっちゃんさ、バカラって知ってる?」

「ギャンブルやろ。聞いたことはあるけど、よう知らん。どんな風にするん?」

 未知の土俵であっても彼女は怯んだりしない。むしろ新しいゲームの名前が彼女の瞳に好奇心を湛えた。つっちゃんは勝負が好きで、あたしに勉強以外の色々なジャンルで挑んでくる。珍しくあたしから挑戦しているのも影響し、十二分な乗り気だった。

「基本的な部分は簡単だよ。全自動ブラックジャックだと思ってもらえればいいかな。2枚または3枚のカードの合計値を競い合って、大きい方が勝ち」

「保崎さん、全自動ってめっちゃ気になるんやが」

 もっともな質問をするつっちゃん。それはあたしがバカラのルールを知ったときも変だなと感じた部分だった。同時にバカラを持ち出そうと考えた理由でもある。カードを無作為にシャッフルしながらルール説明を始めた。

「バカラは『プレイヤー』と『バンカー』っていう名前の二人を仮定して行うの。その両方をディーラーが受け持つから、操作が自動化されてて……プレイヤーもバンカーも機械的に行動するんだよ。とりあえず練習してみよっか」

 つっちゃんの手元に裏向きの1枚を滑らす。自分の元に1枚、相手、自分。お互いに2枚ずつのカードを配った。

「つっちゃんにはプレイヤーをやってもらおうかな。どっちか一枚をめくって」

 彼女が表にしたカードはダイヤの10。あたしは自分の2枚を開く。スペードのAと5だった。

『一花B:SA+S5 茜P:D10+?』

「Aは1扱い、10と絵札は0扱い。あたしの場合は1+5で6だね。つっちゃんのもう1枚も開いてもらうけど……バカラには『しぼり』っていうカードの開き方があるの」

 真面目に聴き入る彼女の前で、自分のカードを再度裏向きにする。カードの左下、数字が書かれているはずの部分を摘み、短辺側からゆっくりと表にしていった。しかし最初のスートが見えた時点で手を止める。

「トランプのスートがどう並んでるか、考えてみてね。数字を隠して下から段々めくると、Aはスートがなかなか見えなくて、2と3ならひとつのスート、4から10まではふたつのスート、絵札なら絵が見えるよね。これでカードは4パターンのどれかに分別される。4から10じゃなかった場合は、そのまま表にしていいよ」

 あたしが開きかけているカードは5だから、ふたつのスペードが見えている。それを伏せて、今度は長辺からめくり始めた。

「次に横からめくるの。真ん中を見る前に止めて、4か5、6か7か8、9か10の3グループに分ける。最後にもう一回下からめくって、カードを完全に開けちゃう」

 分かり切っているあたしのカードは、縦にふたつのスートが並んでいた。一応お手本として下からめくり直す。開示されたカードはスペードの5に他ならない。顔を上げると、つっちゃんが不思議そうな眼で見ていた。

「保崎さん……何でそない面倒なことするんや?」

「ギャンブルだからだよ。欲しい数字を念じながらカードをめくっていくの、楽しいじゃない。それに本当はたくさんのお客さんのうち一人が『しぼる』から、そのひとの挙動や表情なんかで周りは結果を予測出来るのね。じゃ、つっちゃんもやってみてよ」

 あたしの合計6に対して、つっちゃんは現在0である。2枚目で789のいずれかが出れば彼女の勝ちだ。カードに顔を寄せてつっちゃんが短辺からしぼり始める。

「ふたつあるから4から10のどれかや。保崎さんが6やから……」

 勝てるカードを思い浮かべているのだろうか。一旦伏せて、真剣な表情で横から開いていく。途中でその顔が一気に明るくなった。

「みっつある! もうウチの負けはないっちゅーことやね」

 選択肢は678。引き分けか彼女の勝ちで確定している。自信満々で三度目のしぼりを行って、つっちゃんは真ん中にスートを発見した。あたしにカードは見えないけど、つっちゃんのすごく嬉しそうな様子で判断出来た。表にされたのは、クラブの8。

『一花B:SA+S5=6 茜P:D10+C8=8 Pwin』

「よっしゃ、勝ちー!」

 ガッツポーズをするつっちゃん。しぼる楽しさは分かってもらえたに違いなかった。

「あはは、負けちゃった。これで一回の勝負がおしまい。今のはプレイヤーが合計8を出したから、『ナチュラル』って言って2枚勝負なの」

「2枚勝負……そう言えば2枚か3枚の合計って言うとったな」

「そうそう。どっちかが合計8か9だったらナチュラルで3枚目は無し。両方が6か7を出してもおんなじ。それ以外の場合はほとんどプレイヤーに3枚目が配られて、そのカード次第でバンカーが3枚目を引くか決まるの。どういう数字でどういう進行になるか全部決まってて、ある意味ソリティアなのが特徴だね。細かいところは紙に書いておこうか」

 ルーズリーフを1枚出して、対応表を記していく。

『●2枚勝負
  ・どちらかが合計8か9
  ・どちらも合計6か7

 ●バンカー(B)とプレイヤー(P)の3枚目
  Pは2枚勝負ではない場合、かつPの合計が6か7でない場合3枚目を引く。
  Bは以下の条件で3枚目を引く。
  ・Pの合計が6か7:無条件に引く
  ・Bの合計が2以下:無条件に引く
  ・Bの合計が3:Pの3枚目が8以外
  ・Bの合計が4:Pの3枚目が234567
  ・Bの合計が5:Pの3枚目が4567
  ・Bの合計が6:Pの3枚目が67
  ・Bの合計が7:無条件に引かない

 ●備考
  ・合計値は一桁のみを使う
  ・Bの勝ち、Pの勝ち、引き分けの3通りの結果
  ・若干Bが有利』

「ややこしい全自動やな」

「慣れれば結構分かりやすいよ。もう少し練習してみる?」

 頷く彼女に応えて、2枚のカードを渡した。あたしの分はさっさと表にしてしまう。ダイヤとスペードの2。つっちゃんが開いたのはクラブの1で、残りのカードで7か8を引けば彼女の勝ちだ。

『一花B:D2+S2 茜P:CA+?』

 つっちゃんはカードをしぼっている。あたしがしぼらない理由は単純で、彼女がお客さんだからだ。それにつっちゃんを見ている方が楽しい。そんな彼女の表情は、最初のスートが見えた段階だと喜色満面だった。

「下にふたつ! これはもろたかも……って横はよっつ!? あかん、しょぼいわ」

 ハートの10をめくった彼女へ、あたしは3枚目を渡す。

『一花B:D2+S2 茜P:CA+H10+?』

 つっちゃんはカードをしぼる前にルールへ視線を向けた。

「ウチが8引いたら保崎さんは引けんで、しかも4対9でウチの圧勝か。よーし……」

 ちろっと舌を出し、唇を舐めるつっちゃん。勝負になると計算が早いのは不思議でならない。彼女はそっとカードに指を添え、覗き込みながらめくり始める。けれどすぐに表にしてしまった。

「絵札やったわ。全部足して1かいな! 弱っ!」

 スペードのQが開いたのを見届けて、あたしも3枚目に手を伸ばす。つっちゃんを見遣れば、じっとこちらを凝視していた。ご期待に沿って、まずは短辺をしぼる。

『一花B:D2+S2+? 茜P:CA+H10+SQ=1』

 下にふたつのスート。一度つっちゃんを見返す。彼女の眼は結果を知りたがっているが、意地悪なあたしはだんまりのポーカーフェイスで笑う。続けて横からしぼり、みっつのスートを確認する。678のいずれかであり、勝ち負けは確定しない。最後に下から開いていくと、中央には生憎スートが存在しなかった。カードはハートの6。

『一花B:D2+S2+H6=0 茜P:CA+H10+SQ=1 Pwin』

「んー、残念。また負けたね」

「え? ウチ勝っとるの? ……ホンマや! 保崎さんニコニコしよるから、負けたモンと思うとったわ。なんやしょっぱい勝負やったけど、とにかく2連勝やで!」

 運否天賦が勝敗を決するバカラだ、負け続けるのも時の運と言える。そして運はあたしに味方していた。練習は全敗で構わないのだ。その方が――本番の迷彩になる。

 結局計4回の模擬戦を終えてみれば、本当にあたしの全敗だった。

『一花B:C7+H9=6 茜P:C3+H4=7 Pwin』

『一花B:SK+S10+CQ=0 茜P:HJ+DJ+S6=6 Pwin』

 分かりやすい試合内容だったので、特筆するべき点はない。強いて言えば途中でめくれたジョーカーを抜いたことぐらいだ。あとは、最後の札をしぼるつっちゃんの笑顔がとても可愛かった。

 使われたカードは20枚。これ以上練習を続けるとしぼる面白みが失われる。あたしは予定していた勝負を持ちかけることに決めた。

「大体飲み込めたと思うから、真剣勝負してみようか。せっかくだからギャンブルっぽくして……勝った方の言うことをひとつ聞くの。どう?」

「大きく出たな保崎さん。でもウチは絶好調やから、泣き見ることになっても知らんで?」

 得意げに言う彼女は残りの試合も勝つ気でいる。つっちゃんには悪いけど、練習はこれでおしまいだ。

「やってみないと分からないよ。あ、ジョーカーまだ入っていると思うから抜いておくね」

 山札を表返して余計な札を探す。見つかったジョーカー1枚とスペアカード2枚を除き、32枚のカードが残った。念のためもう一度だけ見直す。問題は無かった。何ひとつ。

 山を見てしまったのでシャッフルを行う。上から1枚ずつテーブルに並べ、5つの小山に分割した。分けた小山を重ね上げ、再び同じ手順で分割する。ディールシャッフルと呼ばれるこのシャッフルは、カードを傷つけずに良く混ぜることが出来る。入念に3度繰り返して4度目へ差し掛かろうとした時、つっちゃんが止めに入った。

「もうええんやないの? 十分混ぜとるやん」

 2回目で止められるつもりだったが、大した差はない。あたしはまとめた山を一度カットして机に置いた。

「じゃあこの辺で止めておくね。つっちゃんもシャッフルする?」

「いや、ええわ。ツキが逃げんうちに始めよ」

 焦れったそうに言った。あたしは彼女の性格を良く理解している。だからこの賭けは九割方勝てると踏んでいた。お膳立てが済んでしまえば――ゲームの勝敗は始める前から決まっている。

「一応ちょっとバンカーが有利だし、『あたしが勝つ』のに賭けてもいいよ。役割は同じで問題ない?」

「誰がアンタに賭ける言うの。ウチはウチに賭けてアンタはアンタに賭ける。当然やろ? 役割も変えんで構へんよ」

 真っ直ぐなつっちゃんのお陰で小技を使う必要も無くなった。あたしはさっきと同じようにカードを配る。

『一花B:H3+C9+S7=9 茜P:C2+H8+C10=0  Bwin』

 あたしのカードはハートの3とクラブの9。つっちゃんはクラブの2が見えていて、ハートの8をしぼっている最中だ。ハートはまだ7が残っており、それがめくれればつっちゃんの勝ちである。

 下からふたつのスートをチェックした彼女は、そのあと縦に並んだみっつのスートを見る。7の目は依然消えないけど、それは8だ。中央ひとつ目のスートで一喜し、ふたつ目のスートで一憂した。

「合計が2と0だから、お互い3枚目だね」

 一枚ずつ追加を投げる。見る必要もないスペードの7を晒し、じっくりと目の前の女の子を観察した。あたしが合計9を出すと、つっちゃんは顔を顰める。9で引き分けるか、負けるしかないからだ。

「引き分けはつっちゃんの勝ちにしよ。バンカー有利の帳尻合わせでさ」

 フェアを気取るも彼女の陰りは晴れない。明らかに分が悪い以上仕方のないことだった。祈りを籠めてカードをしぼる。下にふたつ、縦によっつのスートがあるカードは、9か10。渾身の力で絞られたクローバーはまたしても中央のスート数で裏切った。

「惜しかったけどダメか。やっぱり9見せられるとキツいで。引き分けかて出る気せえへんもん。あーあ、保崎さんに宿題やってもらおうて思うてたのになぁ」

 苦笑いする彼女の、軽い望み。それはあたしの願望とはとても釣り合いそうに無かった。あたしは椅子から腰を上げて、可能な限り鈍<ノロ>い足取りで机を回り込む。座ったままのつっちゃんが見上げる。

「保崎さん?」

「あたしのお願いはね……キス一回」

 つっちゃんの首に片手を添えた。彼女は茫<ボウ>とあたしを見ている。数秒遅れて意味が伝わったのか、一気に顔が紅潮した。

「な、え、あ? 保崎さん、何言うて」

「聞こえなかった? つっちゃんにキスしたいの。今日は本気」

 つっちゃんが大慌てで左右を見る。助けを探しているのかも知れないが、見守るのは本棚と書物ばかりだ。最後にあたしへ眼を遣って、唇を噛んだ。まるであたしからそこを隠そうとするみたいに。

「もしかして初めて? そんなはず無いよね。あたしだってしたことあるのに」

 からかい気味の嘘を告げると、更に嘘が返ってきた。

「キスのひとつやふたつ経験あるわい! 侮るな!」

 必死すぎて逆にバレバレだ。男嫌いのつっちゃんが、どこで誰とキスするんだろう。でも素知らぬふりで同意してあげる。

「分かってるよ。だってつっちゃん、可愛いもんね」

「おだてても何も出らん……やなくって! ふざけるのも大概にせえ! ウチもう帰るわ!」

 あたしの手を払いのけて彼女が立ち上がる。去ろうとするつっちゃんを留めるのは簡単だ。安い挑発をプレゼントすればいい。

「逃げるの? つっちゃんずるいね。勝負を無かったことにするんだ」

 言葉の鎖が彼女に絡む。重く重く引き留める。ほら、立ち止まった足はもう動けない。あたしは彼女の正面に行き、その体を物理的に拘束した。

「逃げないよね。つっちゃんはいつもあたしと真剣に勝負してくれるし……結果を反故にもしないよね」

 あたしを見つめる瞳は弱々しく光っている。震える唇が僅かに動き、小さく「逃げん」と約束した。まるで鳥籠の中の小鳥だ。飛べる翼があるのに、飛び立つ出口の無いかわいそうな生き物。あたしのつっちゃん。

「つっちゃんのこと信じてるよ。なら、しよっか」

 腰を抱き頤<オトガイ>に手を当てる。引き返せない彼女は黙って目を閉じた。つっちゃんは本当にお人よしだ。あたしは『唇にキスする』なんて一言も言っていない。

 水よりしなやかに彼女をなぞる。体のラインに触れながら、その足元で跪いた。そこへ口づけるためにはスカートとショーツが邪魔だ。前者は本人に持ってもらうことにした。

「つっちゃん、スカート上げて」

「!? なんで、そんな」

「だってあたし、つっちゃんのココにキスしたいんだもん」

「え……ぁっ!」

 人差し指の背で大切な窪みへ触れると、彼女はスカートを両手で押さえた。女の子らしい彼女の態度は、あたしを暗い興奮へ誘う。

「どこ触っとんねん! しばくぞ!」

「んーっと、おまんこ? 関西ではおめこって言うんだっけ?」

 スラングに別段の興味はない。恥ずかしがるつっちゃんを見たいだけだ。臆面なく卑語を述べるあたしに、案の定彼女は戸惑っている。返す言葉もないようだ。

「別に無理ならいいよ。意気地無しだなぁって思うくらいだし」

「で、できる……無理なわけ、ないやろ……」

 声が引き攣っている。精一杯の痩せ我慢にありがたく便乗して、あたしはもう一度指を伸ばした。優しく秘所を擦りつつ、つっちゃんの顔を直視する。いちいち告げなくてもメッセージは伝わり、彼女の手がスカートを持ち上げた。

 猫の肉球がプリントされた子供っぽいショーツ。あたしは縁に手をかけて一回折り返した。つっちゃんの体がぴくっと震える。その反応を楽しみながら、たっぷり時間を使ってショーツを丸めていく。カードをしぼるように少しずつ剥き下ろしていく。最初に見えたマークは、裂け目の始まりだ。彼女の丘には若草さえ生えていなかった。全貌が露わになる前に留め置き、熱い視線を送る。

「つるつるなんだ。かわいい」

「ふぁ……はよう、はようしてぇ……」

 肌に触れるあたし、急かす彼女。『早く終わらせて』が『早くキスして』に感じられ、気づけば唇を重ねていた。柔らかいソコへしっかり押し当てて、舌先で揶揄するみたいにくすぐる。我慢出来なかったのか、つっちゃんはたちまち腰を引いた。

「おわりっ! 満足したやろ!?」

 息を荒げて捲し立てる。若干反則に思えたけど許すことにした。ショーツを直すつっちゃんを尻目に、座っていた椅子へ戻る。トントンと机を叩き彼女の注目を惹いた。

「どうせだし三回はしようよ。1勝4敗じゃ寂しいしね」

 練習まで勘定に入れるのは、つっちゃんが勝っているように見せかけるためだ。もっともそんな叙述を使わなくたって彼女は勝負の申し出を拒めない。つっちゃんはあたしに勝ちたいから。あたしに勝つことで自分の優位性を証明したいから。無駄なことをすると思う。あたしなんかに勝っても仕方がないし、つっちゃんは既に十分魅力的な子だ。あたしの傍に居てくれるのが勿体ない程に。

 無言で席に着く彼女へカードを配る。場には四枚のカードが並ぶ。

『一花B:H2+C4=6 茜P:CJ+H5+S9=4 Bwin』

「あたしは6か。つっちゃんは絵札……その一枚で決まっちゃうかも」

 今の一件で負けることの不味さを思い知り、彼女は本気で札をしぼっている。下部に認められるふたつのスート。ハートの残りは5か7である。横からみっつのスートが見えたなら、2枚勝負かつ彼女の勝ちが確定する場面だ。息を飲んでカードを表返す。ふたつのスートが見えたことで、彼女は泣きそうな顔をした。開かれるハートの5。

「はい、3枚目。あたしはつっちゃん次第だね」

 勝負が終わっていないのを知り、つっちゃんはいくらか平静を取り戻す。けれどブラックジャックにバスト(21越え)があるように、バカラも引けばプラスとは言い切れない。下に並ぶふたつのスペード。つっちゃんには4を引いて勝つ可能性が残っている。もしくは8か9を引いて負ける可能性だ。ひとたび彼女のカードが決まってしまえば勝敗は一意に定まる。どの数を引かれてもあたしの合計値は変わらないからだ。

「うぁ……足して4……?」

 予定通り、負けを確定させるスペードの9が開かれた。

「バンカーの合計が6で、プレイヤーの3枚目が9。引かずに勝負だから――あたしの勝ち」

「えっ!? 保崎さんは引かんの……?」

「うん。ここに書いてるよ」

 ルールのメモを指で示す。頭では納得しても、素直に従えないつっちゃんがそこに居た。記載箇所を見つめる以外の行動を忘れてしまったみたいだった。

「つっちゃん」

 名前を呼ぶと、戦意を喪失した眼があたしに向けられた。普段の勝気な様子は消沈し、誰よりも無力な子供に成り下がっている。そんな彼女を好きにしようと思うあたしは、きっと残酷な人間だ。

「こっちにおいで。罰ゲームしないとね」

「やけど、えっと」

「つっちゃん」

 どもる彼女を責める風に、二度目の呼びかけをする。うな垂れたつっちゃんは大人しく従い、あたしの側に移動した。あたしは手のひらで自分の膝を指す。足りない意味は言葉で補う。

「あたしの膝に座って。もちろん嫌がったりしないでしょ?」

 再三念押しした今、彼女が逆らう道理は無かった。身を縮こまらせてあたしに乗る。あたしの体を背もたれにする。落ちないように彼女のお腹を抱いて、額を数度撫でさすった。おでこは熱くなっている。赤い顔色に見合った体温だった。

「次つっちゃんが勝ったら止めてあげる。つっちゃんの言うこと聞いたっていい。でもあたしが勝ったら――イくまでエッチなことするからね」

「……保崎さん、ウチ、もう」

 か細いギブアップが届く。だけどこんな可愛いつっちゃんを見せられたら、寸止めごときじゃ充足出来ない。毒皿だ。毒を盛ってしまったあたしは、割れそうなお皿ごと噛み砕くより他ないんだ。

「こっちがバンカー、こっちがプレイヤーの札ね。しぼるの見ててあげる。いっしょにドキドキしよ?」

 バンカーサイドの札をめくろうとするあたしの手に、つっちゃんのそれが重なった。あとはつっちゃん次第だ。だってあたしの常勝を訝しむなら、バカラらしい逆転手が残されている。

「ばん、かぁ。ウチ、バンカーに賭ける……」

 折れるに足る理由は用意した。折れやすい切れ目も入れてあげた。同じ場所へ座って左右にカードを置けば、『あたしがバンカー』『つっちゃんがプレイヤー』という意識が薄れる。ちゃんとルールを思い出した彼女は偉い。

 最後の勝負らしく、あたしもしぼることにした。プレイヤーのカードをあたしが扱い、バンカーはつっちゃんにめくってもらう。

『一花P:D3+? 茜B:S3+?』

 見せ札はスート違いの3で、伏せ札には二人とも下にふたつのダイヤを見出した。カードの未来は456789。カードを握るつっちゃんの手が震えている。まだ勝負の決まる要素はない。

 左から開いていく。お互いの手を覗きながら、決着を現在<イマ>にくっつけていく。横から分かるスートの数は、互いにふたつ。要するにどちらかが4、どちらかが5ということだ。中央にダイヤを見つけた方が勝者になる。

 だけど気を揉んでいるのはつっちゃんだけだ。あたしは結果を知っている。なぜあたしがバカラを選んだか、つっちゃんは理解しているだろうか。たった52枚のカードだもの、一度見れば並び順ぐらい記憶出来る。ディールシャッフルしたのだって都合良く積み込みを行うためだ。公正に見えるワンカットも位置を調整している。バンカーが常に勝つ山。あたしが勝つ山。つっちゃんの敗因は一切カットをしなかったことだ。自分が触れない未来になんて運命を託すべきじゃない。

 結局これはバカラなんかじゃなく、あたしとつっちゃんの心理戦だった。相手への理解度勝負とも言える。あたしは彼女がカットを断ることも、プレイヤーを選び続けることも、勝負を降りないことも読み切った。だから――

『一花P:D3+D5=8 茜B:S3+D4=7 Pwin』

 最後に乗り換えることだってお見通し。あなたのことは手に取るように分かる。

 つっちゃんの息が詰まった。よっつのダイヤの間に、彼女は希望を発見出来なかった。5を表にしたあと、あたしの手はつっちゃんの体を捕らえる。腰から肩へクロスさせて、彼女を逃がさないようにした。どの道逃げる気力もないはずだし、無駄な労力と言える。

「あたしの勝ち。約束だよ……?」

「やぁっ! あかんって! こんなんおかしぃ」

「何がおかしいの? 勝負の結果? あたしにされるエッチなこと? それとも――あたしがつっちゃんを好きなこと?」

 うなじを吸う。彼女の切ない吐息が聞こえる。五月の紫陽花に乗った朝露が零れるみたいに、淑やかな喘ぎが伝い落ちる。つっちゃんの頭が何度も横に振られる。頬を煌めきが流れていく。

「保崎さんのこと嫌いなはずやのに、されたい、って思うとること! 変や、ゼッタイおかしいて……」

 胸が軋んだ。耳鳴りに似た喧噪が聞こえてくる。頭の中にはノイズ混じりのifが響いた。『つっちゃんが全部知ってて、尚乗ってきたんだとしたら?』『あたしの気持ちなんて筒抜けだったとしたら?』『卑怯な女だと思われてたらどうする?』『ねえ、もし』『もし』『もし』。

「つっちゃんってエッチなんだ。男子の下ネタはあんなに目くじら立てる癖に……やらしいね」

 厭らしいのはあたしだ。心の訴えに耳を覆って、彼女をからかうことで取り繕っている。林檎色のつっちゃんが顧みる。美味しそうな唇が囁きを発する。

「ちゃうもん。保崎さんやから、されたいんやもん……」

「ならあたしのこと好きって言ってよ。言わないとお預け」

 妙な駆け引きをするな。あたしは負けている。多分、つっちゃんを好きになった瞬間から負けているんだ。彼女が応えなければ全部終わる。笑い話で終わらせられる。それなのにつっちゃんは口を開いた。

「保崎さん……すき」

「うそつき」

 余計な口に封をする。小さなそこはあたしの掌で簡単に覆われた。息さえ漏れ出ないほどきつく塞いで、空いた手をショーツに潜り込ませる。つっちゃんの体が跳ねる。知らない。柔らかい割れ目を掻き分けると、熱く潤った粘膜に触れた。

「それらしいこと言わないでよ。こんなにとろとろにして、弄って欲しいだけでしょ。お望みどおりしてあげる。つっちゃんの恥ずかしい場所、めちゃくちゃにしてあげるよ」

「んーっ! ひらうっ」

 中指で入口を引っ掻く。粘っこい愛液がくちくち鳴った。つっちゃんのココは音まで可愛い。いっそ壊してしまいたい。

 中指を乱雑に蠢かしながら、親指が別のものを探していた。目的の突起は柔肌の中で殊更硬くなり、あたしの指を欲しがっている。罰するように押し潰した。

「んぁぁっ!」

「何これ。ビーズみたいに硬くしちゃって……そんなに触られたかったんだ。つっちゃんのちっちゃなお豆、元気いっぱいだよ」

 親指を震わせると甲高い声で鳴いた。こっちの方が好きみたいだ。ショーツから一旦手を抜いて、あたしは彼女の横から顔を出す。流し目しつつ自分の指を舐める。触覚の刺激は一時停止しているけれど、性的な苛みは止めてあげない。涙目のつっちゃんが見ている。人差し指をしゃぶるあたしを見ている。唾液が糸引くのを十分見せつけてから――もう一度ショーツに忍ばせた。

「あたしの唾でイってもらうね。クリトリスに塗り込んで、染み込ませてあげる。あたしの体液」

 滑った。つっちゃんとあたしの混ざりものは、指に摩擦を忘れさせた。つっちゃんの体が硬直する。手があたしを止めようとする。そんな暇を与えないぐらい、あたしは彼女の突起を捏ね回した。つっちゃんが腰を浮かす。小さい彼女がいくら動いたところで、何も変わりはしない。容赦なく恥部を撫で続ける。

「『イくまでエッチなことする』って言ったよね。つっちゃんがどんなに暴れても、そう決まってるの。何分でも何時間でも……ずっと弄り続けるよ。絶対やめないから」

 言葉と指で追い詰める。つっちゃんの腰が何度もヒクついて、あたしの膝上で淫らにダンスする。体の前面に回した腕と、下半身を抑える腕。たったこれだけで彼女は繋ぎ止められている。快楽責めの虜囚になっている。

「ほひゃひひゃんっ……や、いやぁ」

「ふふ、何て言ってるか分かんないよ。イカせてって言ってるのかな? エッチなつっちゃん」

 また指を濡らす。滴る唾液でまみれさせる。今度は親指にも塗りたくって、つっちゃんの飴玉を抓んだ。小さいそれはすぐに指の隙間から外れてしまう。だから何度も。何度も何度も捕まえた。ぷちんぷちんと弾ける音がする。あたしの掌に当たる彼女の息が生暖かい。苦しげな鼻息は必死で呼吸を繰り返し、助けて欲しいと叫んでいた。

 目の前にちらつく彼女の耳。小ぶりなそこへ舌を伸ばす。耳に蓋が無いのは幸いだった。あたしの舌が何をやっても、つっちゃんの耳は閉じてくれない。狭い耳孔へ舌を埋めて、鼓膜に直接舐める音を聞かせた。

「ひゃめっ、ふぁあんっ!」

 あたしの上でつっちゃんが仰け反った。耳は弱かったらしい。膝を笑わせて絶頂した彼女を、すぐには解放しない。だらしないイキ顔を愛でつつ、陰核への愛撫をねっとりと続行した。

「つっちゃんのイクところ見ちゃった。耳、気持ちよかったの?」

 耳元で問いかけ、逆の穴を指で緩やかに掻く。口に置いた手をどけてしまったが、今更文句も言えないだろうと考えていた。

 つっちゃんが胡乱な眼であたしを見る。瞼が落ちること数秒、大きく見開かれた。普段の輝く瞳だった。

「ア・ホ・ン・ダ・ラァーッ!」

 すごい音がして眼鏡が床を滑っていった。あたしの頬は平手を見舞われていた。一瞬何が起きたか判別つかなかった。

 あたしという椅子から飛び降りて、彼女が睨みつける。ように見える。眼鏡がないとぼやけて映る。輪郭の不明瞭なつっちゃんは、激しいマシンガントークを始めた。

「保崎一花のハゲ! チカン! 性悪女! イカサマ師! 鈍感!  分からず屋! ガリ勉……でもないけどガリ勉! あとは、えーっと、メガネ!」

 呆気に取られたあたしは、彼女の罵倒に晒され続ける。そりゃあつっちゃんも怒るよね、とは思っていた。

「初めてはもっと優しく……ちゃうっ! ムード……ちゃうっ! あれやあれ! つ、次は負けへんからなっ! 今されたこと、そっくりそのまま返したるんやからっ! 覚悟せえよこのメガネ! バーカバーカ!」

 着衣の乱れを直し、口元を袖でゴシゴシ拭う。そのまま脱兎の如く走り去った。兎より突風の方が似つかわしかった。

 置いてけぼりを食らったあたしは、呆然とするしかない。とりあえず眼鏡を拾い上げて、傷が無いのを確認した。意味もなくレンズを磨きながら罵詈雑言を分析する。つまりあたしはイカサマ師で鈍感で分からず屋だった。

「参ったな。図書館の鍵持ってるの、つっちゃんじゃない」

 待っていたら戻ってくるだろうか。どこまで走っていったのだろうか。推測不能だけど、つっちゃんはタフだなと思った。分かったつもりでいても良くわからない子だなと思った。

 そういうところも全部まとめて、好きだなと思った。

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